小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

われてもすえに…

INDEX|69ページ/97ページ|

次のページ前のページ
 

【33】 贈物



 政信は子猫と遊んだ後、そのまま床につこうとしたが、蛍子に贈物とともに文を持っていくと約束したことを思い出した。
 そして約束を守るために文を書くことにした。
小太郎も眠るのをやめて彼に倣った。
一生懸命硯で墨を摺る小太郎に、政信は聞いた。

「彰子さまにお手紙か?」

「はい。もう二度と逢えないかもしれないので……」

 少し寂しそうに返す小太郎に、政信は疑問に思った。

「なんで?」

「だって、喜一朗殿が……」

 そういう小太郎の視線の先には、今にも寝ようとしている喜一朗が居た。
彼の就寝を阻止すべく、小太郎と二人で彼の掛け布団を奪った。
 そして政信は掛け布団を尻に敷いて喜一朗に問い詰めた。

「何を教えたんだ?」

 疲れて眠い喜一朗は、大人しく本当のことを言った。

「……彰子さまは侍女なので結婚は難しいと。それと、小太郎が大人になれば、あのようなところには出入りできなくなると……」

 この言葉に天を仰いで、政信は呆れた。

「夢も希望もないこと言うなよ。これだからクソ真面目は……。まぁいい、小太郎、彰子さま好きか?」

 寂しそうな小太郎にそう聞くと、笑顔で返事が返ってきた。

「はい」

 幼い恋愛感情を垣間見た政信はほほ笑み、とんでもないことを宣言した。

「そうか。だったら、将来お前の嫁にしてやろう」

「はい! お願いします!」

 結婚もお嫁さんも細かいことはよくわかってない小太郎は、元気よく返事をした。

「殿! そのような冗談は……」
 
 焦る喜一朗の肩を寄せ、耳元で政信は言った。

「まだ二人ともガキだ。それにな、可哀想だが、本当に小太郎は二度とあの奥には入れない。
俺しか入れない。だが、子どもの夢を壊すことだけはいかん。いいな?」

「はい……」

 密談が終わると、政信は小太郎と机に向かった。

「さぁ、小太郎文を書こう」

「はい」



 小太郎は、さらさらと言いたいことを書きあげた。
しかし、その隣では政信が頭をひねっていた。
彼は女に文などは書いたことがない。なにをどう書くべきかわからず、とうとう子どもの小太郎に聞いた。

「なんて書いた?」

「いままでありがとうございましたって事と、文通しませんかって書きました」

「……文通?」

「はい。お互いやりとり出来れば楽しいでしょう? 国と江戸で離れててもこれなら大丈夫!」

「……そうか」

 意外な道を見つけた小太郎に、政信は驚いた。
文通を続け、今の子どもの恋愛感情が大人の物になれば、先ほどの約束が本当になるかもしれない。
 それはそれで面白いと、前向きに政信は考えた。

 政信に、小太郎は聞いた。

「殿は姫さまと文通なさらないのですか?」

「……姫さん、俺のことどう思ってるかわからない。止めておく」

「そうですか……。では、何書くんです?」

 そう言って小太郎はちらりと主の手元を見た。
紙は真っ白のままだった。
 
「あ、真っ白だ」

 思ったことをそのまま言うと、主は怒るどころか泣きついてきた。

「何をどう書いていいかわからん! 小太郎、教えてくれ。お前文書くの上手みたいだし」

 しかし、人生経験が浅い小太郎に助言が出来るわけがない。
少し考えたのち、良い答えを思いついた。

「そうだ! 喜一朗殿の方がいいですよ」

 小太郎は姉の絢女が文を手に、赤くなったり、はしゃいでいたりするのを見たことがあった。
後で彼女にそれは『恋文』だと教えてもらっていた。
 相手は間違いなく、喜一朗。
 
 この助言に政信は早速行動を起こすことにした。

「先輩! 御教授願います! ……って寝てるぞ」

 時すでに遅し。喜一朗は寝ていた。
 昼間の人質で気を張りすぎて疲れていた。
しかし、そんな事とは知らない政信は起こそうと決心した。

「小太郎。手伝ってくれ。先輩を起こすぞ」

「はい」

 小太郎は言われるまま、喜一朗の傍に行った。
しかし、彼の寝顔を見たとたん、突然悪戯心がうずいた。

「殿。筆ありますか?」

「ん? あるぞ。何するんだ?」

 小太郎はニヤニヤしながら、主に耳打ちした。

「……どうです?」

「やりたい」

 二人は喜一朗を起こす前に、悪戯を決行した。

 
 悪戯が一通り終わり、小太郎は本来の目的である、彼を起こすことに取りかかった。
笑いを一生懸命堪え、彼を起こすと、少し不機嫌そうに言われた。

「殿、そろそろお休みになっては? 小太郎、お前寝ないと背が伸びないぞ」

「はい。ぷっ……」

「何を笑っている? 殿も、なんですか? 何か用事ですか?」

「あのさ、女にさ、どうやって……。ダメだ! 笑えてくる!」

 二人して腹を抱えながらも、どうにか笑いをこらえている姿に、何が何だかわからない喜一朗は、
不機嫌そうに言った。

「何がです?」

 すると小太郎が指を指して笑い転げた。

「変な顔! ハッハッハッハ!」

「だよな? ヒッヒッヒ……」

 馬鹿笑いする二人に、余計喜一朗は腹を立てた。

「はい? 用事なら早くしてください。私は眠いんです」

 そう言って喜一朗はおおあくびをした。
手を口に添え、頬を手で撫でた。
 とたんに小太郎と政信の二人は騒ぎ始めた。
馬鹿笑いは激しくなり、眼に涙を溜めて笑い続けた。

「拭うんじゃない! ハハハハ! もう駄目だ!」

「お髭の大将だ! はっはっはっは!」

 ここでようやく喜一朗は何をされたか把握した。
手水桶に走り、中をのぞくと、本当に髭があった。
 そればかりか顔中、落書きだらけでとんでもない顔になっていた。

「殿! 小太郎!」

 顔を洗うのも忘れ、二人に向かって怒ったが、彼らは全く反省せず笑い転げるだけだった。

 呆れて物が言えない喜一朗だったが、早く眠りたくて仕方がなかった。そこで、主からの頼みである恋文の書き方を素早く伝授した。
 政信はそれに倣い、そこそこ上手い文を仕上げた。
 
 江戸の隠れ家での最後の夜はそうして更けて行った。



 次の朝、喜一朗は風呂で必死に顔に付いた墨を洗い落とそうとしていた。
しかし、一向に落ちる気配がない。
 焦っている彼の様子を小太郎と政信はニヤニヤしながら見ていた。

「その顔で許婚に逢ったらどうだ?」

「絶対いやです! 」
 
 必死に顔を洗う喜一朗に、小太郎も言った。

「面白いから、姉上喜ぶと思いますよ」

「ダサいみっともない恰好だけは見られたくない! 殿はわかるでしょう!? 小太郎! お前もそのうちわかる! どうしよう……全然落ちない……」

 半泣きになりつつあった喜一朗だが、再び顔を擦り始めた。
小太郎はそれを見ながら、主に聞いた。

「そうなんですか?」

「あぁ。どうせなら良い姿を見て欲しい。……だが」

 口ごもる主に、小太郎は聞いた。

「なんですか?」

「……本当の姿を受け入れて欲しい。……お前の彰子さまはいいな」

「この姿でも良いって言ってくれました」

 彰子を思い、小太郎は言った。
すると政信は遠くを見るような眼つきで呟いた。

「姫さんはどうだろな……」

「なぜ、本当のこと言わないんですか?」
作品名:われてもすえに… 作家名:喜世