われてもすえに…
「父上と、喜一朗さまの父上仲が良いでしょう? それで決めたんですって」
ここまで話すと、小太郎は悲しそうな顔になりぼそっと言った。
「……お嫁に行っちゃうの?」
「……そう。この家から出ることになるわ」
さらに悲しい表情を浮かべ、小太郎は言った。
声は震えていた。
「……いなくなるの?」
そんな弟を絢女は安心させるように言った。
「同じ藩だから大丈夫。瀧川様のお屋敷は近いし」
すると、小太郎は自分の動揺を恥じるよう笑った後、絢女に一つ聞いた。
「そうだね。そうだった。でも……。なんで今まで黙ってたの?」
「……母上と父上から小太郎にはわからないから黙っておけって言われたから。それに、前の貴方だったら泣いて駄々こねるでしょう?」
その言葉を聞き、小太郎は反論した。
「……我慢できる。駄々なんかこねない。……姉上居なくなるの寂しいけど」
「でも、喜一朗さま嫌いじゃないでしょう?」
「はい。かっこいいし、頭いいし、強いし。あの人が義兄上なら言うことない。でも……」
「なに?」
小太郎はニヤニヤしながら言った。
「くすぐったがりで、方向音痴なんだよ」
知る人ぞ知る、隠れた弱み。それを小太郎は姉だけには教えておきたくなった。
突拍子もない話に、絢女の目は点になっていた。
「なんなのそれ?」
「知らなかった? 喜一朗殿の弱点。くすぐると変な声出すから面白いよ」
「……そうなの? 意外ね。覚えておくわ」
笑いあった後、突然小太郎の顔が険しくなったことに絢女は気付いた。
思案顔の彼に、恐る恐る聞いた。
「ねぇ、怒ってる?」
「姉上は悪くない。母上と父上が悪い」
「ちょっと。何かするつもり?」
「明日、母上に問い詰めます」
そういった顔は、父良武によく似た男の顔だった。
スッと背筋が伸びる感じがした絢女は、そっと呟いた。
「……ほどほどにね、良鷹さん」
次の日、朝餉が終わった後小太郎は母、初音の前で『良鷹』になった。
「母上、お話があります」
「……どうしたの?」
「姉上のことです。なぜ黙ってらっしゃったんですか?」
「何のこと?」
「瀧川様のところに嫁入りする事です!」
小太郎の眼に映る初音は明らかに動揺していた。
「……何のことかしら?」
ムッとした小太郎は、感情を抑えながら冷静に言った。
「しらばっくれないでください。私はこれでも瀬川家の者です。嫡男です。除け者にされたくはありません」
「……小太郎?」
まるで大人の息子の様子を、初音は怖がった。
隣で平然としている娘に、すがった。
「……絢女、小太郎がおかしいわ」
「いいえ。母上、これがお仕事の成果です。凄くありませんか?」
「……そう? でも」
小太郎は、作り笑いを浮かべ母に迫った。
「母上、最初から私にちゃんと説明していただけませんか? 解りやすいように」
初音は、とうとう騒ぎ出した。
内緒にしていたことの露見と、息子の豹変に驚いたあまりの行動だった。
「やっぱり、熱があるんだわ! 傷が膿んでるのよ! お医者様呼ぶから寝てなさい!」
この言葉にあっけにとられた小太郎だったが、母への問い詰めはやめなかった。
「膿んでなんかいませんし、熱もありません。はぐらかさないで下さい。どうしていつまでも子ども扱いなんですか? なぜ……」
ちょうどそのとき、下女が部屋に入り初音に何か耳打ちした。
そのせいで、小太郎の話は全然聞いて貰えなかった。
さらに、逃れる絶好の機会だと初音は後ずさりしながら、下女からの伝言を伝えた。
「良鷹、噂の義兄上がいらっしゃったそうよ。貴方に用事ですって。客間に行きなさい。ホホホホ」
そんな母を、小太郎は一瞥し凄みを利かせていった。
「……笑って誤魔化しは効きませんからね。失礼します」
小太郎は突然やってきた先輩に会いに客間へと向かった。