われてもすえに…
しかし、主と同期のため、我慢して強風の中、外に立っていた。
蛍子はその日も御簾を上げてくれてはいたが、顔は見せなかった。
今日こそと意気込んできた政信は、無粋ではないかと感じたが、思い切って頼んでみた。
「姫さん、お顔を……」
しかし、すぐに断られた。
「イヤじゃ。見られとうない」
しかし、そこで引き下がる政信ではなかった。
穏やかにもう一度頼んでみた。
「そこを何とか……」
「見ても面白くない。……あっ」
突然、部屋の中を強い風が吹き抜けた。
風に扇をさらわれ、姫の顔が露わになった。
「あぁ……」
うろたえる姫の顔に、政信は言葉を失った。
彼女の顔は、今までに見たことのない美しさだった。
普段多くの女中に囲まれている若様、無論女中は見目麗しい物の寄せ集め。
しかし、姫の美しさはそれらを超越していた。
うわべだけ飾り立てるのではない、中身を伴った美しさがこういうものなのかと初めて政信は思った。
じっと何も言わずに見つめる彼の様子を見た蛍子は、顔を隠すことを諦めた。
ついでに、今までよく見られなかった男の顔を見ることにした。
男前の政信の顔と姿を見た蛍子は、図体ばかり大きく、獣のように野蛮ではない武家の男もいるのだと少し安心した。
「どうじゃ、妾の顔を見て目標は達成できたか?」
「……ひとまずは」
「……では、これで国に帰るのか?」
「いいえ」
「なぜじゃ? 仕事だからか?」
政信が帰らないという事実に一瞬嬉しく思ったが、顔には現さなかった。
「まぁ、そんなところだな。姫さんと、話がもっとしたい」
「話?」
「そうだ、なにが好きとか、なにが嫌いとか。いろいろ」
「そうか……」
夕刻、藩邸からの帰り道、政信はいつになく上機嫌だった。
それに気づいた喜一朗はそっと声をかけた。
「どうでしたか? 上々の出来と見えますが」
「あぁ。ついに顔を見ることができた。……美しかった。それに、気品がある。俺ん所の女中とは大違いだ」
「良かったですね。では、次の目標は?」
「……次は、笑顔が見たい。……難しいかもしれんが」
「頑張ってください。殿」
一方、小太郎は彰子から源氏物語を教えてもらい、少しだけ『恋愛』というものを意識した。
彰子がうらやましそうに話す内容は、お子さまの彼には完全に理解できなかった。
しかし、主がそれと同じようなことをしているということはわかった。
いつか自分も誰かとそうなるのかと、不安と期待が入り混じった。
また、姉の絢女を思い出した。
姉が誰かに『恋愛』感情を抱いたが故に、この姿になった自分を拒んだのではないか。
『恋愛』に今の自分が邪魔なのではないか。
やはりいまのままでは家に戻れないと改めて悲しくなった小太郎だった。