われてもすえに…
【15】 調査
小太郎は二人に付きっきりで馬術指導をしてもらった。
そのおかげで、格好はつくようになった。
しかし、なかなか技術は向上しなかった。
お手上げになった二人は偉い先生を呼んで指導を代わりに頼んだ。
このおかげか、小太郎は馬を走らせる、止めるの基本はもちろん、速度の調整もこなせる様になった。
「出来るようになったな。先生、ありがとうございました」
「いえ、若君。良鷹殿の飲みこみが速いおかげでございます」
「また、見てやってください」
「はい。では私はこれにて」
先生が去った後も、小太郎は懸命に復習をし、その様子を政信と喜一朗は木陰に座って眺めていた。
「喜一朗。あれなら遠乗り出来るな」
「はい。では明日にでも?」
「あぁ。弁当持って行こう。良鷹、明日遠乗りに行くぞ!今日はそこまでにしとけ!」
そう政信が呼びかけると、小太郎は馬を誘導し二人の前にやってきた。
「はい! わかりました」
次の日、三人は浮船に無断で朝から馬を走らせ、国の外れの村に「視察」へ行った。
田植えの準備をする百姓衆に喜一朗は声をかけた。
「どうだ? 今年は豊作になりそうか?」
「へぇ。なんとかなりそうですな」
「励んでくれよ」
「へぇ。ありがとうございます」
しばらくたわいもない話をしていると、百姓の息子らしい男の子が政信に向って言った。
「お兄ちゃん、もうちょっと年貢下げてくれないか? 父ちゃんと母ちゃん、去年ヒイヒイ言ってた!」
無邪気に言う息子を父親は青くなって叱りはじめた。
「こら、何を言っている!お侍さま、申し訳ございません」
しかし、政信は笑って返した。
「ハハハ。わかった。そう殿に申しておこう」
「本当に、申し訳ございません。ほら、あっち行って遊んでろ」
「へーい」
百姓衆と別れ、他にも村の人々の暮らしを見て回り、真面目な喜一朗は、いいがかりではなく本当に視察をしていた。
昼になると、三人は木陰に腰を下ろして持ってきた握り飯を頬張った。
「美味いな」
「はい」
「これをあの百姓衆が作ってくれるんだな」
政信は手の握り飯を見つめて感慨深げにつぶやいていた。
「そうですね」
「今日初めて見た。米を作るは、あんなに泥まみれになって大変なんだな」
「それが理解出来るのが、良い為政者でございます」
喜一朗は自分の父親に言われたことを思い出し、滅多に出歩けず世間をあまり知らない主にこの事を教えた。
そのことで、喜一朗もまた改めて父の言葉の大切さを感じていた。
「父上の息子として、もっと自覚持たないとな。まぁ、俺がこの国継ぐなんて思えないが。他に養子に出された時の場合もある」
大人な話をしている側で、小太郎は握り飯を食べ終わった後、お子様らしい事を言い出した。
「殿、喜一郎殿、私も決心しました!」
「なんだ? 言ってみろ」
「これからはご飯残さないようにします!」
大真面目で言う小太郎を先輩二人はあっけにとられてみていた。
「はぁ? お前、毎晩茶碗に三杯近く食ってるのになに言ってる?」
小太郎は姿が変わってから、食が細かったのが嘘のように毎日たくさん食べるようになっていた。しかし、元に戻ってからも、たくさん食べようと心に決めていた。
『食べ物を粗末にするな』と言った父と母の言葉が身にしみていた。
「……あ。そうでした。最近ずっと残してなかったんだ」
「ハハハハハ! おかしなやつだ」
三人で笑いあい、馬に水をやり休息を十分とった後、帰路についた。
「さて、ひとっ走りして帰るか!」
すると、小太郎が思いついた。
「二人とも、競争しませんか?」
唐突な提案に、先輩二人はニヤついて小太郎をからかった。
「お前、できるのか?」
「落ちるなよ」
しかし、小太郎も負けずに胸を張った。
「お二人を負かせて見せます!」
「あ、言ったな。殿、負けられませんね」
「よし。負けたやつが、浮船に今日の抜け出した言い訳を言いに行く、ということでどうだ?」
「良いですね。浮船様は今日大層ご機嫌だからなぁ」
負けた時の恐ろしさで、三人はゾクッとしたが勝負することにした。
「よし、行くぞ!」
結局、小太郎が一番最後に着いた。
一等は政信。よって小太郎は浮船への報告係をさせられた。
勝った二人は陰でくすくす笑いながら、浮船の小言と小太郎の少々的外れな反論の攻防戦を覗き見していた。
次の日の夕時、小姓部屋で休息していた小太郎は喜一朗と共に突然政信に呼び出された。
内密にということで、屋敷の隅に建てられた米蔵で落ち合った。
薄暗い蔵の隅で、喜一朗が口を開いた。
「殿、いかがされました?」
すると政信はさも面白そうに言った。
「面白い情報が入った」
「なんと?」
「俺の嫁になるという娘が江戸の屋敷に居るそうだ」
小太郎にわからないような難しい話ではなかった。
単純に、お嫁さんに興味を抱いた。
「お嫁さんですか?」
「殿、おめでとうございます」
喜一朗がそう祝いを述べると、すぐさまこう言った。
「まだわからん。一生部屋住みで世に出ない男の妻かも知れんぞ」
「……しかし、将来部屋住みでは無いからこそ奥方様をむかえるのでは? 養子に出すのであれば、嫁は要りませんし」
「……だが、わからんぞ。血筋を増やすための道具にされるかもしれん」
「そのような……」
喜一朗も、小太郎同様、主の心の影を理解していた。
本当の味方がほとんど居ない上、悲惨な経験をした。そのせいで、疑り深く用心深くなっている。
しかし、その過去は変えられない。
これから、身近に侍る自分達小姓が主の古傷を癒すのだと、自負していた。
そうすれば、もっと三人で笑って過ごせる。
主に喜一朗はどんな言葉をかけるべきか悩んだが、主はあまり思い詰めてはいなかった。
「一先ず、この眼でどんな女か確かめたい。顔も性格も何もかも解らんからな」
「殿、どのように調べるのですか?」
興味津々で小太郎は政信に聞いた。
「決まってる。江戸の藩邸まで見に行くのよ」
「江戸に? すごい……」
父、良武が居るであろう江戸に小太郎は想いを馳せた。
行けたら、どんなにおもしろいだろうか。
そんな事を考えていた。
しかし、大人な喜一朗はあまりに無鉄砲な案に思案顔だった。
「江戸ですか……。馬を飛ばせば一日で着きますが。冗談では?」
「いや。退屈しのぎに出かけよう」
既に主は行く気満々だった。
「はい。お供します!」
後輩も何も考えず、主と一緒になって浮かれていた。
すぐさま彼を止めに掛った。
「待て、良鷹ダメだ」
「なぜです?」
「危険だ。俺とお前だけ護衛じゃ心許ない」
「あ。そう言えば……。遊びじゃないんだった」
「そうだ。だからな……」
小姓二人がこそこそ不安がって居るのを見た政信は、蔵の闇に向い一言つぶやいた。
「……出てこい」
すると音もなく、数人の黒づくめの者達が三人を取り囲んだ。
初めて見る、集団に喜一朗は不安を覚えた。
「……これは?」