われてもすえに…
身内に母親を殺められ、兄弟といがみ合い、周囲からは立場を利用される。
これらのせいで、政信は心から人を中々信じず、相手の本心を常に気にする。
しかし、自分と喜一朗を小姓として、配下として信頼してくれているのは、とてもありがたいと改めて感じた。
殿の心の闇を少しでも明るくする、と小太郎は決意した。
その晩、
『太郎……。小太郎……。』
と自分の名を呼ぶ声がぼんやりと小太郎の耳に聞こえてきた。
『うぅん。まだ眠い……。』
『起きろ、小太郎。』
声の主は、ぽかりと小太郎の頭を叩いた。
痛みを覚え、起き上がってみるといつかの老人が立っていた。
『あ、神様。お久しぶりです。』
居ずまいを正し、きちんと挨拶をすると神様は満足そうな笑顔を浮かべた。
『がんばっておるな。……ちと悩んでおるようだが。』
どうやら神様には筒抜けだったようだ。
『……姉上はもういいです。諦めます。』
『……そのうちどうにかなる。心配するな。』
その言葉に一縷の望みを抱いた小太郎だったが、すぐに頭を切り替え、神様に問いかけた。
『……はい。それで、神様今日は何用ですか?』
『近いうち、政信から驚くことを聞くかも知れんが、あれの指示に従え、喜一朗も丸めこむのだぞ。いいか?』
『はい。』
『それと、明日馬術の特訓をするのだ。』
『馬?なぜです?』
『しっかり守れよ。よいな?』
『はい、わかりました。』
そう言うと神様は消えていた。
同時に小太郎も目が覚めたので、身支度をした後主の元へと急いだ。
その日は喜一朗が母親の見舞いを切り上げ、仕事に復帰する日だった。
次の日、神様の言葉通り、政信の提案で三人で馬で遠乗りに出かけることになった。
「どこへ行きますか?」
「国はずれの村まで行こう。視察だ」
「さすが殿。そう言えば浮船さまは怒らない」
「わかってるじゃないか」
颯爽と馬にまたがり、計画を立てている二人の横で、小太郎は馬にしがみついていた。
この日、初めて小太郎は一人で馬に乗ったのだった。
父親に乗せてもらったことしかない。
そんなお子様が、身体が大きくなっただけで馬を自在に操れるわけがない。
あまりにもみじめな姿に喜一朗は呆れた。
「……おい、良鷹。お前乗れないのか?」
「一人で乗ったことがないので。どうにもこうにも……」
政信まで、良鷹をからかい始めた。
「お前。山にでも住んでたのか?熊にまたがりお馬の稽古ってか?」
その言葉に真面目な顔で喜一朗は変な事を言い出した。
「良鷹、熊なら乗れるのか?そっちの方がすごいぞ」
おかしな喜一朗に政信は吹いたあと、念のために注意した。
「おい、真面目に受け取るな。そんなことできるのは金太郎だけだ」
「そうでございますか?」
無駄な話はそこで打ち切り、哀れな小太郎をどうするかという話になった。
「それよりどうする?遠乗りどころじゃないぞ」
「殿、特訓させましょう。これではいけません」
「そうだな。やるか」
これで完璧、神様の予言どおりになった。
一日馬術訓練で終わるに違いない。
「お願いいたします」
「一人前に乗れるようにちゃんと教えてやるから。しごくぞ」
「はい……」
しかし、怖がる小太郎の気持ちが馬に伝わったのか、馬は一人で歩きだし始めた。
「怖い!落ちる!」
小太郎は、大人のふりをするのも忘れ、必死になっていた。
「騒ぐな!馬が怖がって余計暴れるぞ」
殿と先輩が馬をなだめてくれてはいたが、小太郎は怖くてたまらなかった。
完全に十歳の小太郎に戻ってしまっていた。
「助けて!殿、喜一朗殿。怖い!下ろして!」
「お前ガキか?落ち着け!」
「ガキじゃない!俺はお子様じゃない!」
「いいから、大声出すな!」
大変な馬術特訓が始まった。