われてもすえに…
「そう。さぁおふざけはそこまでよ。そろそろ夕餉だから、居間に行きましょう小太郎ちゃん」
「良鷹《よしたか》だ!小太郎って呼ぶな!」
小太郎は不満だった。
せっかく格好良い諱《いみな》をもらったにもかかわらず、誰一人呼んではくれない。
忘れてしまったのではと心配になっていた。
絢女は勝手を言ってわめいた弟をしかりつけた。
「姉に向ってその口のきき方は何ですか!あなたはまだ子供なの!大人にはまだ早いの!」
普段は優しい姉が怒る姿に驚いた小太郎はそれ以上物を言うのをやめた。
「……ごめんなさい。怖かった?……とにかく、ゆっくり大人になればいいから。あなたはなにも心配しなくていいから」
「……」
「ね?さぁ、ご飯にしましょ」
「……はい」
居間に向かうと、父と母はさっきよりは明るい雰囲気になっていた。
早速食事を取りながら、良武は家族に事の詳細を話し始めた。
「明後日、江戸の殿の所に向かう。それから仕事があるから、しばらく留守にする」
「半年も、帰ってこないんですか?」
「いや、おそらく三月くらいで済むと思う、心配か?」
「はい……」
「家はもしもの時は叔父上に頼め。後は縁者に声をかけておく。それと、うちには吉右衛門《きちえもん》が居るじゃないか。なぁ?」
傍に控えていた下男の吉右衛門を呼んだ。
彼は、当代の良武の父親の代から瀬川家に仕えている男だった。
歳は行っているが、仕事はしっかりとこなし、他の下男、下女を指導統括している有能な
人物だった。
「はい。旦那さま。私はまだまだいけますよ!」
「だからな、そう心配するな。さぁ、飯が冷えるぞ。早く食べなさい」
「はい……」
後数日で、一家の主が楽しい食事の席から居なくなる。
漠然とした不安が瀬川家の心の中に生まれた。