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われてもすえに…

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【01】 元服



正月二日、瀬川家の長男、小太郎は元服した。

「ぷっ。似合わないわねぇ」

元服を終えた弟の顔を見て姉の絢女《あやめ》は笑った。

「……うるさい!」

姉の理不尽な言葉に小太郎は怒った。

「だっておちびの癖に月代《さかやき》なんか。可笑しいわ。声もまだ女の子みたいに高いし」

「……」

赤くなって怒る息子がかわいそうになった父の良武《よしたけ》は、助け舟を出した。

「早いかも知れんが、十になった正月に元服するのが我が瀬川家の決まりだ。父上も同じ歳にやったぞ」

「へぇ。そうですか」

あまり興味なさそうに絢女は返事をした。

「……まぁ、お前よりも、もうちょっと大きかったがな。ハハハ」

「父上!」

助け船は沈没し、姉は頭に乗った。

「おちびちゃんはもうちょっと後でもよかったんじゃない?」

「いいよだ!これから大きくなるんだ!」

「はいはい。頑張ってね。わたしの背を抜けるかしら?」

そう言うと、剃りたての頭を撫でた。


「男はでっかくなるのに時間がかかる。でもな、そのうち父上に似た良い男になるぞ」

「そうですか?信じられないわ」

またも弟をからかう姉を、母の初音《はつね》がたしなめた。

「絢女、そんなにからかってはだめよ。小太郎も大きくなりたいなら、いっぱい食べなさい」

「食べてます!」

「お餅一個しか食べないじゃない。三つ食べなさい!」

「……お餅は、あんまり好きじゃないから」

「文句言わない。食べなさい」

「……はい」






三賀日が明け、普通の日常が戻ってきた。
父は出仕、姉はお稽古ごと、小太郎は学問所と道場通いだった。

小太郎は朝が少し弱い。その日も母に怒られた。

「小太郎!起きなさい遅刻するわよ!」

「はい……。後ちょっと……」

「早くしなさい!」


朝餉をかきこみ、急いで家を出た。
元服した姿で外出は初めてだった。
友達の反応が楽しみだった。

遅刻手前で学問所に滑り込んだ。
先生の挨拶が始まるところだった。

「明けましておめでとう。今年もよろしく頼むぞ」

「おめでとうございます。よろしくお願いいたします」

「今年も学問に、武芸に励みましょう。では、支度をしなさい」

「はい」

座っていた生徒達が思い思いに支度をはじめる中で、小太郎の友達が彼の姿を見つけ寄って来た。
勝五郎と、総治郎という名の友達で小太郎と一番仲が良い。

「小太郎、遅かったな。あれ?頭どうした?」

「どう?元服したんだ」

「へぇ。早いね。でも、あんまり似合ってないかな?」

「そんなこと言ってやるなよ。かわいそうだろ?」

「俺は、来年か再来年だって」

「へぇ。ねぇ、頭寒い?」

「ちょっとだけね」

支度する手を止めて話し込んでいると、三人は先輩に怒られた。

「おい、支度できたなら勉強だぞ!」

「はい」



その日、小太郎は習字で、字が上手いと先生に褒められた。
しかし、そろばんを畳の上で滑らせて遊んでいたところを見つかり、友達とそろってこっぴどく叱られた。


昼過ぎ、道場へ稽古に向かった。
ここで、剣術、柔術、槍術などを稽古する。

その日は稽古はじめということで、試合を行った。
見事小太郎は剣術で二つ歳上の先輩に勝った。

父、良武は藩内でも剣の腕前では名が高い。
そのせいもあってか、息子の小太郎も筋がいいと評判になっていた。
彼自身は槍術の方が好きだったが。


友達と連れ立って道場を出たとたん、イヤな相手に声をかけられた。
同い年の男の子だが、生意気でしょっちゅう先生に怒られている。
武術は乱暴かつ、力ずくで勝負するので強いことは強いが、基本がなっていない。
彼は小太郎にイヤミを浴びせた。

「お前、ヒョロヒョロで女の子みたいだよな!」

小太郎は、『可愛い』『女の子』というからかいの文句が大嫌いだった。

「女って言うな!」

「はぁ?どこが?ちびっこのクセに」

「この!」

「小太郎、やめとけ!無理だ!」

勝五郎に止められたのを無視し、喰ってかかって行った。
小太郎はからかわれた通り、小柄で細い体格だったせいで、柔術が苦手だった。
案の定、投げ飛ばされた。

「投げ飛ばされてやんの。ははは。どうだ?反撃するか?」

「くっ……」

地面に押さえつけられ、身動きが取れなくなった。
悔しくてたまらず、涙が出そうになったが、泣いたら余計馬鹿にされると思い、歯を食いしばった。


突然、遠くから怒声が聞こえた。

「こら!やめるんだ!弱い者いじめするんじゃない!」

「あっ。やばい!」

危機を感じたらしく、押さえつけていた相手は逃げ去ってしまった。


さっき、怒声を上げていた男は走り寄って、小太郎を助け起こした。
「小太郎、あんなやつほかっておけ。いいな?」

「はい」

それは、最近瀬川家に良く出入りしている青年だった。
名を瀧川喜一朗《たきがわきいちろう》という、藩内でも名門の家の子息で、道場でも一緒の憧れの先輩だった。
文武両道の好青年。真面目すぎな性格がちょっとつまらないとこそこそ言う輩もいるが、小太郎はそうは思っていなかった。

「喜一朗さん、あいつは小太郎が先生に誉められたから根に持ったんです」

「そうか。理不尽なやつだな。でも、負けるな。いつかもっと強くなって見返せばいいんだからな」

「はい」

「そのために、今から鍛えろ。いいな?皆もがんばれよ」

「はい!」

小太郎は彼の姿を見て思った。
自分もこんなふうにかっこ良くなりたい。
男らしい大人になりたい!



それから、小太郎は勝五郎、総治郎と遊びに出かけた。
真冬の寒さも忘れ、額に汗をかきながら走り回った。
そのおかげか、さっきの悔しい思いは消え去った。
ずっと遊んでいたかったが、暗くなってしまったのでそれぞれ別れ帰宅した。

「じゃあ小太郎、またね」

「明日は遅刻するなよ」

「うん。また!」


意気揚々と帰宅すると、父と母が深刻そうな顔で話しあっていた。
いつも笑って話している家族の雰囲気とは程遠かった。
二人の話に割って入る勇気はなかったので、姉の部屋を訪ね、聞いてみた。


「どうもね、父上は大事なお仕事があるみたいなの」

「なんでそれが大問題なの?」

「家を開けるそうよ。長ければ半年近くになるらしいわ」

「え?そんなに長く?」

良武は長くても半月ほどしか留守にしたことがなかった。
殿の腹心の部下であったので、参勤交代にはもちろん付いて行っていた。
しかし、藩の位置は江戸から近かった。馬で夜明け前に出れば夕方には着く。
そのせいもあってか、行き来が許されていた。


「最近、物騒でしょ?だから母上が不安がってるの。男が居ないと危ないって」

街で夜盗が入っただの、通り魔にあったのだの噂は小太郎も聞いたことがあった。
しかし、武家屋敷に入る輩などあまり聞いたことがない。
それに……。

「心配ないでしょ?」

「なんで?」

「俺が居るから!」

「まぁ、いつから俺なんて言うようになったのかしら?それにあなた子どもじゃない。無理よ」

「子どもじゃない!もう大人だ!」

「どこが?」

「元服したからもう大人だよ!」
作品名:われてもすえに… 作家名:喜世