われてもすえに…
泣きじゃくる絢女の代わりに下女が説明をした。
「奥様、良鷹様が先に入っておられたので、お嬢様をお止めしたんですが……。間に合わなかったようで。申しわけありません」
「貴女は悪くないわ。この娘がいけないの。で、見ちゃったの?」
「……はい」
母は、いまだ心配した様子でそばに佇む女中に目配せして、仕事に戻らせた。
二人きりになると、初音は娘にこう言った。
「またそんなことで騒いでるの?」
「だって、全裸だったんですよ!最悪……」
「お風呂だから仕方ないでしょう?小太郎とついこの間まで一緒に入っててなに言ってるの?」
「違います!イヤです!あんな男っぽい弟!」
「あの子は男の子よ、すぐに男になるの。当たり前でしょ?」
「……」
「いつまでも子どもじゃないの。あなたもそう。もうじきに女の子では居られなくなるのよ」
「……」
「もう……」
いくら言っても不満げな表情の絢女に、初音は困り果てた。
しばらくすると、しっかり身仕度した小太郎がやってきた。
礼儀正しく二人の前に座り、手を付き謝った。
「姉上、申し訳ありませんでした」
「……フン」
「姉上、なんで何時もずっと怒ってるの?最近おかしいよ……」
「……」
「ねぇ、姉上……」
「絢女、何か言いなさい」
母にたしなめられた絢女はとんでもないことを言い始めた。
「……良鷹どの。姉と呼ばないでくださる?」
「え?」
「貴方はわたしの弟などではありません!母上の子でもありません!」
「ちょっと、絢女、何言ってるの!?」
「あなたみたいな人が弟のわけがない!私の本物の弟はもっと小さいの!」
「……だって」
「なによ、貴方ずっとお屋敷で過ごせばいいでしょ!?帰ってこなくても良いじゃない!
どうせこの家でやることなんかないんだから!居るだけで迷惑なの!」
姉の冷たい表情と、言葉に小太郎は打ちひしがれた。
……本気で、姉上に嫌われた。
もう、俺は弟じゃない。赤の他人だ。
こんな姿になったせいで、捨てられた。
泣きたくなったがぐっとこらえ、姉だった人にあいさつをして、部屋を後にした。
「……わかりました。絢女さん。以後気をつけます。では……」
すぐさま初音は娘に向かって叱責し始めたが、まったく効果はなかった。
「絢女、あの子に謝りなさい。いい加減にしなさい!」
「フン!」
「せっかくのお休みで帰ってきたのに、疲れてるのに何を言うの!?」
「知りません」
初音は反抗する娘を残し、息子の部屋に向かった。
しかし、小太郎は開けてはくれなかった。
「……小太郎?気にしなくていいからね。絢女があんなこと言ったけど、ちょっとあの子気が立ってるだけだから。ね?」
しかし、一切返事は返って来なかった。
しかたなく、その場は引き下がることに決めた。
「……夕餉が出来たら呼ぶわね」
しかし、その晩小太郎は夕餉の席に出てこなかった。
下女に部屋まで食事を運ばせたが、部屋には入れてもらえず引き下がってきた。
初音や下男下女が心配する中、絢女はまだイライラしていた。
初音も今度は一方的に怒るのは止めた。
「絢女、どうするの?あの子、出てこないじゃない」
「良いんです。おなかが減ればそのうちでてきます」
しかし、絢女の考えは外れた。
その次の早朝、小太郎は家の誰にも告げずに出仕した。
必要な物品を持てるだけ持ち出したせいで、部屋はもぬけの殻になっていた。
父、良武が戻るまで、自分が元の子どもに戻るまで決して帰らないと決めた。
家出だった。