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第5章 札幌の風



名古屋での戦いから一週間
竜狩の治癒魔法により無事に左腕が完治した俺はいつも通りの生活に身を置いていた
いつも通り卓球部でゆるーく卓球をしている所に来たのは美術部の長谷崎と来村だった
「竜狩君が呼んでるよ」
「わかったすぐ行く」
俺が荷物を持って長谷崎たちに着いて行こうとするとキャプテンの中野章吾(なかの しょうご)が声をかけてきた
「お前どこ行くんだ?」
「竜狩が呼んでるっていうからさ」
「荷物持っていかなくていいだろ!」
もっともなツッコミに言い訳を見つけられなかった俺は
「まあ諸事情あってさ!」
「おいっ!ちょっと待てって!」
中野が止めるのも聞かずに俺は走り出した

「全員そろったね」
「ああ、今度はどこだ?」
「少し厄介だ 札幌と福岡で同時に動き出した」
「ってことは3人ずつってことか?」
「そうなるね」
そこで俺たちはメンバーを決めることになった
「俺と山村は銃が使えるから別々だろ… 犬射と尾蔵も別でいいとして後は女子二人か」
「私は札幌に行くよ」
そう言いだしたのは長谷崎だった
「わかった じゃあ俺と犬射と長谷崎は札幌へ 健と尾蔵と来村は福岡に向かってくれ」
「わかった… 死ぬなよ」
「何言ってんだ 縁起でもない」
長谷崎の真剣な顔つきに気付かないふりをして俺は札幌へと向かった

ゲートを抜けるとそこは雪国だった…
どこかで聞いたようなフレーズを頭の中で思い浮かべつつまだ寒い札幌に降り立った俺たちの目に飛び込んできたのは遠くの山頂に残る残雪のように真っ白な竜の姿だった
「奴か… サクッと狩りますかっ!」
いつも通り俺は初弾を打ち込んだ …はずだったのに竜には何のダメージもなく奥の壁に銃弾がめり込んだ
「まさか幻影!?」
気づいた時にはもう遅かった
「ギャオッ!」
竜はすでに後ろに回り込んで俺を鉤爪で捕らえていた
「しまった!」
俺を捕らえたまま高度を上げて二人からの攻撃を防ぐと竜は俺に向かってブレスを撃とうとしていた
「炎か…?いや違う…」
竜が噴こうとしていたのは灰色の気体だった
「グォォッ!」
鉤爪に掴まれたままもろにブレスを浴びた俺の体から急速に自由が奪われていった
「石化か…畜生っ」
俺が体を一寸たりとも動かせなくなった所を見計らって竜は俺を放した
「…」
声を出すこともできないまま俺はまっすぐに落ちて行った
(落ちたら…死ぬな)
そう考えていた俺を救ったのはそこらに乗り捨てられていた車だった
ボゴッ!
鈍い音と共に大穴の開いた車の天井と座席がクッションになって俺は砕け散らずに済んだ
「宮寺っ!」
駆け寄ってきた長谷崎も変わり果てた俺の姿に声も出せない
「宮寺ぁっ!」
長谷崎は俺を肩に抱えると近くの建物に運んだ
「聞こえてるかわからないけど…すぐ何とかしてやるから!」
「…」
聞こえてるぞと言いたかったが声が出せない
長谷崎はすぐに建物から出て戦いに戻って行った
(どうなるんだ…俺は…)
まだ使える視覚と聴覚と思考回路をフル活用して俺は状況を把握しようとした
しかし体が全く動かない状況では天井しか見えない視覚はほとんど役に立たず魔法を使える来村もいない状況では元に戻る手立てもない
(皆戦っているのに俺だけ何もできないなんて…)
剣は握ったままだがそれを振るう体が動かないからどうしようもない
外では必死の抵抗を続ける二人の声と竜の咆哮が聞こえる
(動け…動けよ俺!)
どれだけ強く思っても石になった俺の体は動かない
(てか何で俺ばっかりこんなことになるんだよ… 最初に銃撃ったって誤解された時も強酸浴びせられたときもさ…)
徐々にやけくそになって行くのが自分でもわかった
(誰か…誰か助けてくれ…)
必死の祈念も誰にも届かない
聴覚でしか探れないがおそらく外では苦戦しているのだろうということが俺にも感じ取れた
(10分でいいから動けよっ!)
どれだけ強く思っても信じても石のままじゃ体は動かない… そんなことはわかっていた
それでもいつも通りの生活だったら…竜狩と出会うことがなかったら味わうはずのなかった運命にどうかなってしまいそうな自分を守るには思うしかなかった
(仲間が…大切な仲間が死ぬかもしれないんだ…俺は後でどうなってもいいから動いてくれよこの体ぁ!)
今の俺にできることは思うことと信じることだった
だが徐々に音も聞こえなくなり始め視界も徐々に黒に染まっていく…
(ついに完全な石になり始めたか…)
思考回路もダウンし始めたので俺は考えることをやめた…


どれほど時間がたっただろうか
「…ら …寺 …宮寺っ!」
俺は山村の声で目が覚めた
いつの間にか体の自由が戻っており起き上がると隣に犬射と長谷崎が横たわっていた
「竜はっ!みんなはっ!」
「竜はおそらく長谷崎が倒したんだろう 竜の死体の上に石になって転がってたからな」
石になる寸前までハンマーを振るい続けている長谷崎の姿が脳裏に浮かぶ
「俺は…何もできなかったのか…」
「仕方ないだろ石だったんだから それに来村の話ではお前は普通なら手遅れになるくらい石になってたらしいからな それだけでも頑張ったと思うよ」
山村が慰めようとしているのはわかるが俺はただ何もできなかったという事実に涙するしかなかった
「福岡は…どうなったんだ?」
「さっさと片付いたよ お前の声でな」
「!?」
「戦っているとき3人全員がお前の助けを呼ぶ声が聞こえたんだ」
「思えば通じる…か」
誰にも届かないはずのSOSだったのに確かに受け取ったやつがそこにはいた
「とんだ災難だったね」
いつも通り現れた竜狩の顔は少し曇っていた
「元気ないが…どうしたんだ?」
「だんだん動き出すまでの間隔が狭まっている…そして反比例するように強さは上がっている…この先は本当に死者が出ることも覚悟しなきゃならないかもしれない」
竜狩の真剣な声に俺は背筋が凍るような気がした…