アジアの夜
Episode.2
路地裏はメインストリートとは違って余所者を排除し暴力や売春が密かに横行する、一歩間違えば命のやりとりをしかねない物騒な空間。
うかつだと思った時にはもう遅かった。
肥えたひとりの男が巨体を揺らして前方から歩いてくる。僕は口内に溜まっていた生唾をごくりと飲みくだす。同時に肉に埋もれた男の眼球が、僕を一瞥して鈍く光ったのを見逃さなかった。狙われた。そう直感して咄嗟に逃げようとした瞬間、男は僕に襲いかかってきた。
物取りか。殴られるのか。そう思って一瞬身構えたのは甚だしい見当違いだった。
ここでは男も女も関係ない。欲情したら見境なく獲物を喰らう。僕は奴のそっち方面のターゲットとなったわけだ。身体が本調子だったらなんとか抵抗できたものを。成す術もなくあっけなく地面に転がり、所詮は大人と子供、男の圧倒的な力の前に僕は不様に組み伏せられた。全身から血の気が引き、捧げられた子羊のように無抵抗の僕。今にも涎を垂らさんばかりに迫る男の顔。
畜生!
僕は声を限りに叫んだ。まるで野獣の咆哮のごとく。
「その子から離れて!」
漂う悪臭と熱気をすぱりと断ち切るように響く凛とした声。思いがけない日本語に驚いた僕は咄嗟に声の主を見た。
「このけだもの!」
救い主は抱えていた大きな紙袋から瓶を一本取り出すと、それを思いっきり男の脳天に叩きつけた。瓶が勢いよく砕け、飛沫が辺りに散り、鈍く嫌な音が耳に残る。不意を衝かれた男はどさりと横倒しになったまま意識を失ったようだ。
「さあ、立って。逃げるわよ」
僕は強引に手を引かれて起き上がり、半抱きされたままその場を走り去った。