アジアの夜
Episode.3
身体が小刻みに震える。
恐怖のせいなのか、それとも体調不良のせいなのか自分でもわからない。ただ、僕の肩をしっかりと抱きかかえてくれている見知らぬ君のぬくもり、身体の柔らかさ、吐息の甘さがさらに僕の熱を上げた。
メインストリートに出ると君はすかさず三輪タクシーを拾う。不格好な今にも故障しそうな車体に、いかにも胡散臭そうな運転手。けれど君は気にする風でもなく、鮮やかな現地語を駆使して強気で運賃を交渉し始め、素早く成立させると僕を抱えてすぐさま乗り込んだ。
「もう大丈夫。怖かったでしょ? 安心して。仲間はいないようだし、あの男もあの様子じゃ追い掛けてこないと思うわ」
心配そうな黒い瞳が僕を覗きこむ。
「年はいくつ?」
「十七」
「観光客? ご家族とはぐれたの?」
君の問いに黙って頷く。
「夜のバザールはただでさえ危険なのに、ひとりであんな裏通りをフラフラしていたらいけないわ。特にあなたみたいな綺麗な子は」
片手に抱えていた紙袋の中からペリエを取り出しキャップを開けるとそっと僕に差し出した。
「気分が悪そうね。真っ青よ。よかったらどうぞ。少し飲めば落ち着くわ」
そう言って彼女は空になった紙袋を威勢よく丸めてくしゃくしゃにし、そのまま外へと投げ捨てた。
震えが止まらなかった。
男に襲われた恐怖だったかもしれないし、綺麗な大人の女性の隣に座っているという緊張と高揚のせいなのかもしれない。僕は恐る恐るペリエを受け取る。握った瞬間のひやりとした感触は心地良く、ごくごくと飲み干すと昂っていた神経が鎮まってゆく気がした。
「とばっちりうけちゃったわね」
え? と僕はきっと怪訝そうな顔をしたに違いない。
「さっき。私があの男を瓶で殴った時。飛沫がかかって服が少し濡れているし、破片でここを切ってしまったのね……」
左手が静かに伸びてきて細い指がそっと僕の頬に触れる。薬指にきっちりとはめられたシルバーリングがちかりと僕の目を射た。
すると君は何か思い立ったように、ふいに運転手に向かって叫んだ。三輪タクシーは急ブレーキで停止し、運転手に乱暴に小銭を握らせると、君は僕の腕を乱暴に掴んだまま素早く下車した。