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アジアの夜

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Episode.1



 人いきれでむっとする夜更けのバザール。どこからともなく漂う腐敗臭と香の甘い香り。路上には無数の屋台が並び、食欲をそそる匂いがたちのぼる。せわしなく行き交う異国の人々の波にもまれ、彼等から発散されるきつい体臭が鼻につく。ありとあらゆる雑多な異臭が混ざり合い、さらに濃度を増して独特の臭気を放ちながらねっとりと身体に絡みつく。

 僕はこみあげる吐き気を必死にこらえながら首を回し、ぐるりと周囲を見まわす。屋台で繰りひろげられる商売人と観光客との白熱した値引き合戦、うつろな表情をさらしたまま路上に座りこんで煙草をくゆらす老人、路地裏で客を引く黒い瞳と褐色の肌がエキゾチックな街の女たち。僕が知っている日常とは完全に切り離された、見なれぬ情景をぼんやりと瞳に映してあてもなくただひたすら彷徨い歩く。

 深夜近くというのに徘徊するストリートチルドレン。けたたましい哄笑と気違いじみた喧騒に塗れ、汚濁と猥雑さで混沌とした路地裏にたむろする怪しげな現地人。
 バザールの異様な熱気に浮かされ火照る身体。内臓が蒸され燻され、全身の毛穴という毛穴から汗が噴き出る。鬱陶しいことこのうえない。街の臭気がさらに濃度を増し、息を吸うたびに肺が汚染されてゆくように感じて、絶え間なくこみあげるこの嘔吐感を抑えられない。いっそ吐いちまえば楽になるのか。
 溢れそうな生唾を飲み込み、口許を押さえてふらふらとメインストリートを外れる。吐いて楽になりたくて、僕の足は自然と人目のつかない路地裏へと吸い寄せられていった。

作品名:アジアの夜 作家名:凛.