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数式使いの解答~第一章 砂の王都~

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《第三幕》決闘のとき


 次の日、ローレンツが広場に向かうと、広場の中央に簡易の決闘場が出来上がっていた。
 決闘場の周りは、多くの人で埋め尽くされている。どの顔も、決闘を今か今かと楽しみにしている。
(……まったく、物好きばかりだな。)
 少しばかり嫌気の差したローレンツが、心の中でつぶやいた。
 決闘場に上がり、周りを眺める。
 ズーッと見ていくと、ミリアがいた。
 こちらが見ていることに気づき、
「ローレンツ君、ガンバレー!」
 と、叫ぶ。
 その声援に恥ずかしくなり、あわてて顔を背ける。内心そろそろ慣れたいと思っているが、長い一人旅で培ってしまった癖は、なかなかにしつこかった。
「よう、坊主。逃げずによく来たな」
 声のした方を見ると、先日の武官だった。
 背に大きな斧を下げ、身体には重厚な鎧を纏(まと)っている。片手で腰に差した剣の位置を調整しながら、首に手を当ててポキポキと鳴らしていた。
 決闘前の最後のチェックだろう。
 それを見習い、ローレンツも行うことにする。
 両手の手甲をしっかりと付け直し、ぐっと握ってぱっと開くことを繰り返す。
 腰の左右につけられたホルスター内の数式を、数や順序に記憶違いがないか確認。
 他に武器や防具となる物は身に着けていない。旅をする際に邪魔になるからだ。
 慣れ親しんだ自分の姿を改めて鑑みると、目の前の武官に比べて貧相だな、と思わないでもなかったが、自分の相棒とすら呼べるそれを信頼し、よしっ、と一言気合を入れた。
 決闘場に審判がのぼる。
「双方、準備はいいか?」
 その言葉に、ローレンツも武官もコクリと頷いた。
「――では、構え! ――はじめッ!!」
 声と同時にローレンツは身を後ろに下げた。
 一瞬遅れて、先ほどまで彼の身体があった場所を、暴風と共に斧が通過。
 地面に斧が叩きつけられた瞬間、ローレンツの身体が紙切れのように吹き飛んだ。
 ……ちっ! 風の単位式を書き込まれた斧か!
 剣を抜き、反撃の態勢を整える。
 させるものかと、武官が連続で斧を振り下ろす。
 ローレンツはそれを手甲で受け止め、剣を横薙ぎに振るった。すかさず武官は剣を抜き、弾き返す。弾かれたことによって、ローレンツの身体が開いた。
 その隙を見逃すわけはなく、武官は鋭く剣を返す。だが、身体に重い装備をしていないローレンツの剣捌きは、武官よりもわずかに速い。振るわれた剣をギリギリで受け止めた。
 鍔迫り合いとなる。しかし、逞しい大男である武官の力と、一般的な青年よりやや力が強い程度のローレンツでは勝負にならない。素早くその事を判断したローレンツは、相手の剣を横に強く弾いた。ローレンツと武官の身体が伸び、大きな隙が生まれる。
 その瞬間、ローレンツはその場で跳躍し、武官の顔面へと蹴りを放った。
 直撃音。
 重い武装を身に着けた兵士との戦いに慣れていた武官にとって、身軽だからこそできる技は未知の物であったのだ。
 思わぬ攻撃を受けてよろめく。その隙に左手側のホルスター――ブレークを破きながら取り出すことのできるよう、少々改造を施した特別製――に右の手を掛け、一番上のそれを取り出しながら言った。
「"ミリバル"ッ!」
 数式符の前で空気が塊を生じ、刹那の内に砲撃される。
 ドゴンッ! という大きな音がして、武官の巨体が宙を舞った。軽く数メートルは飛ばされ、地面に着いてからも二転三転する。手足を突っ張ると、やっと身体が止まってくれた。
 武官は急いで立ち上がり、ローレンツの方を確認する。
 そのとき既にローレンツはジュールのプレートを挿し込み終え、武官に向けて踏み込んでいた。
(……なめるな、小僧! このくらいでやられはせんわ!!)
 武官は心の中で叫び、右手に握った斧をぶん回した。風を巻き込む音と共に切り裂く音を立て、ローレンツに斧が迫る。しゃがんで回避をしつつ、斧に剣をぶつける。
 風ごと斧を融解し、叩き斬った。
 切断された面から多量の熱を発しつつ、武器としての機能をなくした斧が地面に転がる。
 だが、その事でローレンツがアドバンテージを得たと思ったのも束の間。武官はあらかじめ振りかぶっていた剣を、膝もとのローレンツに向けて振り下ろしたのだ。
(……斧はもともと囮で、この波状攻撃が狙いだったか!)
 ローレンツは内心でやられたと思ったが、同時にそんなことを考えるくらいなら目の前の剣を受けるべきだと判断した。
 剣を相手の剣へとぶつけに行く。
(……際どいタイミングだが、受けれる!)
 ローレンツがそう感じたとき、突如手に何かが当たり、剣が手を離れる。キィンという音を残し、ローレンツの剣は地面に落ちた。
 ピタリ、とローレンツの目の前で武官の剣が止まる。
「そこまで!」
 審判の声が響き、ローレンツの敗北が決定した。
 だが、武官はイライラした口調で、
「ちっ。邪魔しおって。……小僧、実に不本意だが負けは負けだ」
「わかってる。そんなことで文句は言わない」
 喋りつつもローレンツの目線は、自分の足元を向いていた。そこには、銀色に光る小さなナイフが落ちている。
「そいつは?」
 武官がローレンツにたずねた。
「多分、俺が剣を落とした原因だ」
「ちょっと見せてみろ」
 そう言ったため、ローレンツはそれを投げて渡した。
 武官は受け取り、何度かひっくり返したりしながら調べる。そして、
「――こいつは……!」
 目を見開いてそう言った。
「どうした。何かわかったのか?」
 ローレンツが訊くが、
「なんでもない。……小僧、さっさとこの街を出ろ」
 そんな答えを返す。
「なんだって――」
 ローレンツが言いかけたが、
「いいから黙って急げ!」
 武官の声でかき消された。
 ローレンツは釈然としない様子だったが、渋々ながら頷く。
 そして彼は、じゃあな、と一言残し、決闘場から駆けていった。

「ねえ、ローレンツ君。そんなに急いでどうする気?」
 走るローレンツを追いながら、ミリアがたずねた。
「この街から急いで出る。なんかヤバいのに目を付けられたらしい」
「ロピタルはどうするつもり?」
 そうミリアが言ったところで、ローレンツは足を止めた。そして振り向き、
「この街がどうなろうと、俺には関係ない。……だけど、ロピタルには用がある」
 と、どこか別人のような雰囲気のローレンツが言った。
 ミリアは一瞬身をすくめたが、恐る恐る口を開く。
「……わたしも、付いて行っていい。かな?」
「………………」
 ミリアが、駄目なら、と言おうとしたとき、ローレンツは大きく溜息をつき、
「――いいよ」
 と言った。
「――や、やったー! ありがとね、ローレンツ君!」
 ミリアはローレンツに抱きつきかねない勢いだ。そんな様子を横目で見ながら、
「どうせ駄目だって言っても付いてくるんだろ? だったらはじめから一緒に行こう」
 と言い、右手の手甲を外して、
「――改めて、よろしく」
 右の手を差し出した。
「よろしく、ローレンツ君」
 その手を握りながら、彼女はそう言った。