今の写真を
「僕もこんな遅くまで外にいたのは久しぶりだよ」
「最近友達が部活で忙しいらしくてあんまり遊べてなかったんだ」
「僕らのクラス無所属が少ないから、どうしてもそうなるよね」
「みんな頑張るよね。確かテニス部は全国大会に出れるほど強いんだっけ」
「うん。そうだったと思うよ」
「ほんと、すごいよね」
僕らの学校は部活に対してのモチベーションが高いので、部活熱心な学生が多い。ある部活では練習試合の後に隣町から走って帰って来るということも行っているらしい。
「そういえばどうして卓君は部活に入らなかったの」
「僕は文系学生だから。こんな細いやつが入っても足引っ張るだけだよ」
「文系の部活に入ればよかったじゃない。美術部とか吹奏楽部とかあるでしょ?」
「文系の部活って女子が多いからさ。何か入りづらくて…」
「なるほどねぇ」
納得表情を見せる浅原さん。自分で言っておいてなんだけど、後半はともかく前半に納得されると悲しくなる。
「でも真一なんかは運動神経がいいのに部活に入ってないからね」
「確かに。もったいないわよね」
真一は中学校の時にサッカー部に所属していた。部活のなかではエースとまではいかなくても上手い方だったらしい。高校に来てもそれは衰えることがなく、体育では部活をしている生徒といい勝負をするほどだ。
「でもどうして入らなかったの?」
「本人が言うにはもう疲れた、面倒くさいだって」
「それだけ?」
「それだけ。そんなものだよ」
「そうなんだ。せっかく運動できるんだから、部活に入ってればもっとモテてたんだろうね」
「そうだろうね。顔もいいし」
浅原さんの言葉を最後に、そこで一度会話が途切れる。真一の話になってから浅原さんの顔が少し楽しそうに見えた。僕だからこんなことを思ってしまうのかも知れないし、勘違いなのかも知れないが、そんな気がした。
僕は昨日の会話を思い出した。そして明確な答えが欲しくなった。浅原さんが真一を好きというのはあくまで僕の推測に過ぎない。もしかしたら違うのかもしれない。
「ところで昨日の話覚えてる?」
「確か…好きな人がどうとかって話だったよね」
「うん。それでさ思ったんだけど」
だから僕は訊いてみた。
「浅原さんの好きな人って真一?」
「さぁ、どうかしらね」
答えはすぐに返ってきたがうやむやだ。
「どうしてそう思ったの?」
今度は浅原さんからの質問。
「だって真一とよく話してるの見かけるし、その時の浅原さん楽しそうというか嬉しそうというか…そんな気がして。」
「そう?そんなことないと思うけど」
浅原さんは表情は変わらずにいつも通りだ。
「そう…かな。ごめんね、変なこと訊いて。ちょっと気になったから」
「いいよいいよ。ちょっと驚いたけど、気にしないで」
「ありがとう」
僕はこれ以上訊くことをやめようと思った。残念だという気持ちは拭い切れないが、変に問い質すことで浅原さんに嫌われてしまうのはごめんだ。それに僕は正確に言えば違うという言葉が一番欲しかったのだ。それで心が軽くなると思ったからだ。おそらく昨日も僕もそういう言葉が欲しかったのかもしれない。
「あ、卓君。もう家が見えるし、ここまでで大丈夫だよ。ありがとね」
気がつけば浅原さんの家の付近まで来ていたようだった。
「うん、どういたしまして。じゃあね、浅原さん」
そう言って僕が帰ろうとすると、
「卓君」
名前を呼ばれたので、いったん立ち止まる。
「何?どうしたの」
「私の好きな人なんだけど、もうすぐわかると思うよ」
突然の言葉に戸惑ってしまう。
「じゃあね、また明日」
そして僕が言葉を発する前に浅原さんは帰ってしまった。とりあえず僕は家に帰るために歩き出し、少しして落ち着きを取り戻すことが出来た。さっきの言葉はどういうことなのか訊く必要はないだろう。多分だが、近々告白をするということだ。浅原さんには申し訳ないが、その告白はうまくいかないで欲しいと思う。何せ僕には想うことしかできないのだから。
翌日の昼休み。いつものように真一と昼食を食べ終わって二人で話していると浅原さんが来て、
「二人とも、昨日頼まれた写真持ってきたよ。はい、これ」
そう言って僕達に写真が入っているあろう封筒をそれぞれに渡してくれた。
「サンキュ。浅原」
「ありがとう。浅原さん」
「うん。あ、できればだけどさ、写真は後で見てくれない」
早速写真を見ようと思っていたら浅原さんがそんなお願いをしてきた。最初どうしてなのかと思ったが深く考えることはやめ、素直に浅原さんのお願いを聞くことにした。
「はいよ」
「わかった」
そう言って僕と真一は封筒を鞄の中に仕舞った。
その後僕達は雑談をしていたのだが、授業開始の予鈴が校内に響くと、先生が来る前に各々の席に戻ることにした。
今日は真一はアルバイトがあるらしいので、一人で帰ることになった。浅原さんはというと他の女子と仲良さげに歓談をしていた。、ここ二日間いっしょに帰っていたのはたまたまだったようで、彼女には女子の友達がいるのだからそっちと帰るのが当然であり、いつものことなのだ。今日は早く帰って家でのんびり帰ろうと思い、支度を始めた。
「ねぇ卓君、もう写真見てくれた?」
不意に浅原さんが話しかけてきた。そういえば昼休みに後から見てと言われたからいつ見ればいいのか考えてたけど、いつの間にかすっかり忘れていた。
「いや、まだ見てないよ」
「そう…ならいいや。じゃあまたね」
そう言うと浅原さんはすぐに行ってしまった。僕はおそらく友達を待たせているのだろうと思い、彼女の言葉に何の疑問も持たないまま帰り支度を済ませ、家に帰ることにした。
けれどその夜、彼女の言葉の意味を知ることになった。自室に戻った僕は、もらった写真を見ようと封筒を開けた。その中から出てきたのは幻想的な薄紫空の写真と、『好きです』と書かれた紙が入っていたからだ。
手紙を見た時は驚いたが、昨晩は眠れなかった……ということはなく、むしろここ最近の中ではよく眠れたほうだと思う。僕は支度をして学校に向かった。
教室に着くと、浅原さんはまだ来ていないようだった。とにかく僕は頃合いを見計らって彼女に答えを伝えなければならない。そう思って僕は自分の席に着く。少しすると真一が教室に入ってきた。
「よう、卓」
「おはよう、真一」
そう言って挨拶をかわすと、真一も自分の席に着いた。そのすぐ後、浅原さんが教室に入ってくるのが目に入った。浅原さんはこちらに眼を向けると、すぐに逸らし、女子の友達に挨拶をすると席に着いた。その後はいつものように女子同士の会話を楽しんでいるようだった。昼休みにでも答えを言おう。僕はそう考え、今は真一と雑談をすることにした。
昼休みになり、僕はいよいよ浅原さんに返事を伝えようと思ったのだが、なんと言って声をかけていいのか迷ってしまう。
「ねぇ、卓君。手紙見てくれたよね」
迷っていたら浅原さんのほうから話かけてきてくれた。表情はいつもと変わりない。猫のような目でこちらを見つめてくる。
「うん。見たよ」
「じゃあ放課後教室に残っててくれるかな」