今の写真を
僕が次の言葉を発する前に、彼女が喋りだす。この勢いに圧されてしまったのか思わず
「うん」
と答えてしまう。
「ありがとう。また放課後ね」
浅原さんはそう言ってすぐに僕のもとから離れていった。すぐに返事をするつもりだったのだが、浅原さんが放課後がいいというのならそれでもいいやと思い、大人しく放課後まで待つことにした。ただこの時、こちらを見ていた真一の視線がどうしても気になった。
約束の放課後になり、僕は教室で浅原さんを待っていた。浅原さんはホームルームが終わると教室を出て行った。何か用事ができたのかもしれない。真一はというとすぐに教室を出て行ってしまい、何も話すことが出来なかった。
それから十数分ほどたった頃だろうか、
「おまたせ卓君。ごめんだけどちょっと付いてきてくれるかな」
浅原さんが戻ってきた。
「うん」
僕は席を立ち、彼女のあとに付いていく。このあと僕は告白されるのだろうが、いったいどこでされるのだろうか。有名なところでは校舎裏とか屋上とかだが、夜の公園というのも聞いたことがある。
「ここでいいかな」
着いたところは一年生の廊下の左端。意外な場所に拍子抜けしてしまったが、この学校は部活をしている生徒がほとんどなので、時間さえ経ってしまえばほとんどの生徒は出払ってしまう。それにここは三階だから人通りも少なくなる。そうなると告白の場所というのは人気の少ないところならいいのだろうか。
「手紙読んだんだよね」
「うん」
「じゃあ改めて言うね」
軽く深呼吸をし、僕を見て告げてくる。
「好きです。付き合ってください」
相手は真一ではなく、僕だ。
頬がほのかに染まるとか、緊張しているとか、彼女からそういうのは見受けられなかった。声に真剣さがこもっている分、見つめられているというより、見据えられているとのだと感じてしまう。まさか浅原さんが僕のこと好だなんて考えたこともなかった。てっきり真一のことが好きなんだとばかり思っていた。
でも今はそんなことよりも、よかった、と思う。もっと言えば安心したという気分だ。最近は浅原さんと真一が仲良くしているのを見ることが多かったから心配で、二人は付き合ってしまうんじゃないかと思っていた。でもそれはただの杞憂だった。
僕なんかを好きになってくれてありがとう、浅原さん。嬉しいよ。でも……
「ごめんなさい」
僕の好きな人は真一なんだ。
「…そっか」
浅原さんは苦笑いを浮かべる。
「……」
僕は何も喋らない。何を話せばいいか思いつかないから、こうして浅原さんの言葉を待つことしかできない。情けないとつくづく思う。
「…どうしてか教えてもらえたりする?」
次に浅原さんの口が開いたのは思ったよりすぐだった。
「えっと、前にも言っと思うけど好きな人がいるから」
「…だよね」
そう言う浅原さんは、やっぱりといった表情をしていた。
「誰なのかは、教えてくれないよね」
「…うん」
僕が真一を好きだということが周りに知れてしまえば、クラス中から冷ややかな目で見られるだろう。そうなれば次は学校中で噂になる。変なやつ、おかしいやつ、気持ち悪いやつがいる、と。学校でのこういう噂の広がり方は早いから、僕の居場所なんかあっという間に無くなってしまうだろう。だから怖くて言えない。
別に浅原さんが言いふらすと疑っているわけではない。ただもしかしたら浅原さんがうっかり口をすべらせてしまうかもしれない。もしかしたら空き教室や非常階段にたまたま人がいて、この会話を盗み聞きしているかもしれない。そう考えるだけで怖くなってしまうからだ。
「……私ね」
ほんの数秒の間があき、浅原さんが口を開く。
「中学校の頃から卓君のことが好きだったんだ。それで坂上君と二人でカメラ持って話してるの見かけたから、これをきっかけにして仲良くなれるかもって思って話かけたんだよ。私もそいうの好きだったから。坂上君に相談したりもしたんだよ」
浅原さんが真一と最近よく話していたのはそういうことだったのか。
「まぁ結局、振られちゃったけどね」
そう言って俯いてしまう浅原さん。けれど次に顔を上げた時には、晴れやかな表情になっていた。
「卓君、こうやって告白した上に振られちゃった私なんだけど、よかったらこれからも私と変わらず仲良くして欲しいんだ。いいかな」
それは願ったり叶ったりだ。僕だってこれで浅原さんとの関係が気まずくなってしまうのはごめんだ。それに真一にも迷惑が掛かってしまうかもしれないと思うと尚更だ。
「いいよ。僕だってその方が嬉しいんだ」
「ありがとう。優しいね」
「そんなことないよ」
「でもこれで決心がついたよ」
「えっ?」
「もし仲良くしてもらえなかったら、きっぱり諦めようと思ってたんだ。でも卓君が良いって言ってくれて諦める必要が無くなっちゃったから、これからは露骨にアピールしていくからね。よろしく!」
そう言った彼女はいたずらな笑みを浮かべている。
思いもしていなかった言葉に僕は呆気にとられてしまった。
「今日はありがとね、卓君。また明日」
その言葉を最後に、彼女は中央付近の階段をそそくさと下りて行ってしまった。
今日はなんだか浅原さんに圧される一方だった気がする。僕はほとんど話を聞いているだけだった。
それで今日ひとつ思ったことがある。もしかしたらだが、浅原さんは僕の好きな人が真一だと知ってたのではないだろうか。好きな人の行動はどうしても目で追ってしまうから、それで僕を追っているうちにわかってしまったのだと思う。彼女が僕が喋るより早く口を開いていたのは、言い出しづらいだろうと思っての心遣いだったのかもしれない。優しい人だ。
浅原さんが僕のこと目で追っているなんていうのは自惚れだと思われてしまうかもしれないが、僕も真一のことをいつも目で追っていた。それで気づいたことがある。真一は浅原さんのことが好きなんだ。
そう思える要素はここ最近にもあった。浅原さんを写真屋に誘ったり、自分が浅原さんを送っていくと言い出したり、今日の昼休みなんかは僕の方を睨んでいるようだった。浅原さんが今日僕に告白するのを知っていたのだろう。視線で死んでしまうのではないかと思った程だ。
とりあえず僕は教室においていた鞄を回収し、右端の階段を使って一階に下りる。あたりを見回し、浅原さんの姿がないことを確認すると、靴に履き替えた。
さて、これで変な三角関係が出来上がったわけだ。これから僕達はどんな青春を送っていくのだろうか。できればこのままの関係を続けたいと思っている。僕にとってはこのままが一番だ。でも僕達は写真に写ったもののように、いつまでも変わらないということは出来ない。何かがきっかけで僕が浅原さんを好きなったり、浅原さんが僕の知らない誰かを好きになったりするかもしれない。そういうことが原因で三人でいることが叶わなくなることだってあるだろう。いつ何がどうなってもおかしくないと思う。
だから僕は写真を撮りたいと思う。今この時が僕にとっての大切だから。いつまでも忘れないように、いつでも思い出せるように。