母から私 私から娘へと ~悲しみの連鎖~
――彼は仕事は真面目で、高校を卒業してからずうーっと今の会社で働いてる。現在の役職は主任で、本人はこれ以上の昇格はないよと言っていたが……。背は高く、よく笑うがそんなにおしゃべりではない。文通していた時にくれた手紙には、便箋はきちんと二枚入っていても、文字が書いてあるのはその内の一枚の半分強くらいだけで、あとは余白。あんまり書くことは得意ではないのかもしれない。電話は――電話を貰っても、そんなにしゃべることがない。離れて暮らしているし、滅多に会うわけでもないから好みすら分からない。その上遠距離電話だから通話料が馬鹿にならない。掛かって来ても、こちらから掛けても、どちらにしても気を使うから長話しはできない。そんな状況でプロポーズされても――という感じだ。
しかし菜緒のことを考えると、父親はいた方がいいに決まっている。迷った。
でも返事はすぐじゃなくても良いってことだったから、もう少し先で考えようと思い直した。
それから少しして漸く手術の日がやってきた。
その日は朝から順番待ちだ。何人もの手術を受ける患者がいて、朝の内にその順番が発表される。まるで入試の発表のように壁に順番表が張り出される。そして時間になると、三、四人ずつ手術控え室に入り手術を受けるのを待つ。
いよいよ私の番がやってきた。控え室に入ると顔も含めて頭を丸ごと、包帯みたいなものでぐるぐる巻きにされた。まるでミイラだ。目の前が当然真っ暗になって、いつしか私は眠っていた。
気が付いた時にはすでに手術が始まっていた。もちろん麻酔は掛けられたのだろうが、その前にすでに眠っている私――呑気なものだ。喉を切って、甲状腺のホルモンが出るバランスを調整するらしい。ホルモンが出なくていけない人、出過ぎていけない人、両方あるらしい。私は確か出過ぎの部類だったと思う。手術でメスを入れる時に誤って声帯を傷付けないようにするため、敢えて声を出させるらしい。そのために名前を呼ばれ、返事を求められた。私はせっかく眠っていたのにその声で起こされ返事をした。何度も何度も名前を呼ばれて、やっとのことで返事をしたらしいのだが、返事をしたお陰で私の声帯は傷付けられることもなく、手術は無事に終わった。私の首は何箇所もホッチキスで止められた様になっていた。何だかフランケンシュタインを思い出してしまう。見た目はグロテスクだけど、食べることには何の支障もなく、手術後すぐに喉が乾いて、イチゴ二パックをいっぺんに食べてしまった。美味しかった。
その後の経過も順調で、約十日の後には何とか退院できることになり、ほっとして、すぐに田丸さんに電話で報告した。
トータル二ヶ月間の入院生活だった。菜緒にとっては二ヶ月間の養女生活ということになる。元気にしているだろうか。もしかしたら田丸家での生活が気に入って、私の所へ帰るのを嫌がるのではないだろうか――少し不安になった。
作品名:母から私 私から娘へと ~悲しみの連鎖~ 作家名:ゆうか♪