帯に短し、襷に流し
疋田(ひった)と鹿の子(かのこ)
疋田と鹿の子は絞りの名前である。正式には、疋田絞り、鹿の子絞りという。
が、疋田は、厳密にいうと、絞ってない。
江戸の頃だったと思う。検索すると、ざっとでてくるので、詳細をご希望の方はインターネットを徘徊することをお勧めする。または、図書館に行けば専門図書があるはず。あまりに専門的過ぎて置いていないこともあるのでお問い合わせは必須かもしれない。
絞りの技法は、あの模様一つ一つを糸でくるくるっと巻いて染料がしみこまないようにしていくのだ。その一つ一つが細かいのだ。また、その巻き方一つで、四角くなったり丸くなったりする。その一つ一つが集まって、一つの柄を形成する。花であったり、茎であったり、波であったり斜め柄であったりもする。それが、ちょっとずれるとラインにならない。並びがずれると、きれいな曲線にならなかったり、また歪んでしまうこともある。
だから、とても手間はかかるし技術のいる仕事なのだ。
鹿の子、という名前の由来は、鹿の子どもにある独特の模様に似ているからだ。うりぼうのようなものである。
いのししの子供、うり坊も、その模様が瓜に似ているから、そう呼ばれるようになった。
また、その技法から、生地そのものへのダメージが大きい。通常の生地では、絞り染めには耐えられないのである。絞った部分が破れてくることもよくある。綸子がその加工に向いた生地であるが、この綸子という生地も、高価であった。
当然、高価なそれを、庶民が着ることはなく、一部の豪商や大名の姫君などの特権階級のものだった。
憧れであったそれを、絞る以外で表現することを思いついたのが、疋田さんという染屋さん。それが、「疋田」という技法である。
つまり、絞り模様を、染で表現したのだ。それでも、一つ一つの模様は小さなものであるから、それなりの手間はかかる。が、鹿の子で絞るよりははるかに安価で、見た目は鹿の子。と、くれば、ある程度裕福な庶民が手に取るのは必然であろう。
本家「鹿の子絞り」を凌駕するその人気に、一時は、禁止令も出たそうだが、やがて解禁になる。
絞ってはいないが、疋田も絞りであるのはそう言うところからだそうだ。
初めて総絞りのお袖をいただいたときに、姉弟子さんから言われた。
「あんた、それ、鹿の子やで。疋田にしたら、あかんで」
生地に湿った木綿の布を載せてお鏝を当てると、しわが綺麗に消えて出来上がりがピシッと見える。が、それをやりすぎると、鹿の子絞りがのびてしまう。のびてしまっては、鹿の子絞りではなく、疋田絞りになってしまう。一度伸びた鹿の子は元には戻らない。
重大な責任問題になる。
簡単な見分け方として、化繊に絞ってあるのは、疋田である。断言できる。こちらは驚くべき安価である。化繊も安けりゃ、疋田のプリントともなると安いのは当たり前だ。
正絹では、いろいろあるので、ケース・バイ・ケースになる。
反物の織りが、すでに、絞りのような形態になっているものは、疋田絞り。見分け方は、疋田の柄以外の地までもが絞りのようにぼこぼこしている。綸子でないものが多い。
綸子でも、疋田絞りもある。柄の部分が、つるっとしていて地と変わらなければ、それは疋田絞り。
いろいろあるけれど、立派な呉服屋さんでも、鹿の子と疋田を理解していないような説明書きが、堂々と公開されているとげんなりする。
どう見ても、綸子の鹿の子絞りなのに「疋田絞り」と明記されていて、お気の毒になる。かと思えば、化繊の生地に「鹿の子」とあって、そりゃ、ないんじゃないの?
あなた、仮にも呉服屋さんでしょう。
と、内心、ぼやいたら、そこは呉服屋ではなく立派な「着物屋」だった。
よき、着物ライフを。
2012.11.30 ファンヒーターの燃える匂いにて
2012.12.1 一部訂正・追記
2014.9.16 秋の夜長