センチメンタルシティ
――2009年・春
僕が彼女と初めて会ったのは、高校の入学式の日。
肩甲骨あたりまで伸ばした栗毛を後ろで低くひとつにまとめて、ぱりっとした制服を着ていて、実に軽やかだった。
声をかけたら目の前で泡になり消えてしまうのではないかと思うほど、繊細で神経質そうで。
ほんとうのことを言うと、僕は彼女を幾度も見ている。おかしな話だと思うかもしれない。でもほんとうの話。
僕は度々、彼女と夢の中で言葉を交わし、視線を交わしていた。
低く歌うような声で、笑うときは思い切り破顔させる。僕の日常に華を添えてくれた。
夢の中では知り得なかった彼女の名前。
彼女は、矢追 優己。
出席番号順で定められた席、一番端の一番後ろにちょこんと座った彼女は、自己紹介でこう言った。
「本が好きです、よろしくお願いします」
そんな彼女は、この高校のすぐ側にある中学校から進学してきたと言う。その中学は大きな図書室があると有名で、少し羨ましかった。
反対に、僕の通っていた中学校は図書室という存在自体が廃れ、伝説の域に達している。
それに伴って冷房機器はないし、貸出・返却処理はもちろんアナログ。個人カードに名前を書いて、代わりの板を本があった場所に置き、読み終わったらその板のところへ戻す。こんなの周りの学校じゃ、小学生までだろうに。僕の小学校の図書館は、もっと寂れていたけど。
それでもあの頃の僕は、図書委員になって図書室に通い詰めて、毎日毎日、昼休みも放課後も欠かさずに開館していた。そうしたら少しずつ人が来るようになって、僕が受験生になる頃にはエアコンも設置された。
この高校を選んだ一番の理由が図書室で、中学校や小学校と同じ、五階にある。でも眺めが最高によくて、僕は胸を打たれた。
ここの図書室は、実に清潔で、夏は楽園のように涼しい。学校司書もいるし、処理はコンピュータでバーコードをぴぴっと読み取らせて終わり。代わりに置く板もいらない。
最初のうちこそ操作に手間取ったが、慣れてしまえばお茶の子さいさいだ。
当番制で、放課後に二人、4時過ぎくらいから5時半くらいの間までカウンターに座って本でも読んでいればいい。僕と一緒に図書委員になったのはほかでもない、矢追 優己。
彼女はいつも本を読んでいた。
しゃんと背筋を伸ばし、唇を引き結んで、人形のように本を読む。当番以外の時も彼女は図書室に足を運び、閉館までずっとそうして本を読みふけっているのだ。
そして僕が見る限りでは、恐ろしく読む速度が速い。
遅くても一週間、速くて一日で、しかも二、三冊の本を返しにくる。もちろん同じだけ借りていく。
僕はこれを話の種にしようと、当番の日に彼女に話しかけた。
高校一年生になって、図書委員になって、夏休みも近づいた、ある放課後のことだった。
作品名:センチメンタルシティ 作家名:もの