センチメンタルシティ
――2012年・夏2
映画の最中、薫と出会った頃のことを思い出していた所為で、内容など頭に入ってこない。あのあと一年働いて、薫の親父さん、店長が亡くなったのだ。それでまた新しいバイト先を見つけるも、こうしてクビになってしまった。
ちなみに映画館というのは、大学からさほど遠くない距離にあるショッピングモールのなかにおかれている。
薫が所望した”犬の出ている映画”とやらを観終わってから、少し早目の夕食を摂ることにした。モールの一階に新しく開店したイタリアンが気になっていたらしい薫は、嬉しそうな顔で僕を手招きする。
「テレビで特集されていたのよ、ここ。おすすめは石釜ピッツァなんですって」
嬉々とした声、赤く染まった頬、軽い足取り、笑う度に髪が揺れて、僕を幸せな気分にさせてくれた。彼女は、どうだろうか。いま、幸せなのだろうか。
「透? ねぇ、透?」
名前を呼ばれはっとする。もう、どうしちゃったの? とおかしそうに笑う彼女が愛おしくて。
「バイト、クビになっちゃった透に。私がおごってあげるから元気出して」
「で、でも……、そんな」
彼女に払わせるなんて気が引けた僕は、どぎまぎしながら声をかける。それなのに薫は僕を制してこう言った。
「いいのよ、今日のお礼。雷雨、もう収まったみたいだし」
くるりと踵を返し、彼女は前を向く。数歩だけ進んで、わずかに振り返って。
「それにここ、意外とリーズナブルなのよ」
悪戯に微笑んだ薫に、僕の心臓は駆け出した。
作品名:センチメンタルシティ 作家名:もの