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センチメンタルシティ

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──2011年・春



 めでたく僕は大学生になった。今までの田舎暮らしを抜けて、都会の大学へ通う。東京の家賃は高く、とても僕一人では工面のしようがなかった。
 貯金はそれなりにあったが、いつまで持つか分からない。
 半ば無理矢理に家を出てきたようなものだから、仕送りなんてない。いや、若干の額はくれるそうだ。ありがたや。
けれど総合的に考えた結果、おのずとバイトをしなくてはならず、少し気が滅入った。
 もともとそんなに器用な人間じゃないし、他人相手に笑顔ふりまいていらっしゃいませ、なんて苦痛で仕方がない。かといって事務系の仕事が出来る程、要領は良くないのだ。
 否、要領が悪いのではない。順序正しくやると要領が悪いようなやり方になってしまうだけだ。いつだか何回目かのブームを迎えた血液型性格論に便乗して買った本に、面白おかしいイラスト付きでそう書いてあった。僕は酷く共感した覚えがある。
 でも自分の不器用さは自他ともに認めざるを得ない。高校時代、ワイシャツのボタンをかけるのにかなりの時間を要することがあったり、靴ひもが家族で一人だけ歪な蝶々結びになっているからだ。
 しかしこんな僕にだってやりたい仕事はある。
 書店員だ。
 僕は昔から本が好きだった。
 小さい頃はぐりとぐらの絵本を一人でずっと読んでいたし、小学生になると誰も利用しないような図書室へと出かけて行って、偉人の伝記を読み耽っていた。中学に上がると、万年図書委員という個人的には限りなく名誉のある偉業を成し遂げ、なんと委員長にまで上り詰めた。また、北原白秋や石川啄木に興味を持ち、愛読した。
 受験期に入ると課題図書と市川拓司の影響で洋書に手をだし、高校入試の時に読んでいた本はホテル・ニューハンプシャーであった。中三の春ごろに近所の図書館で借りてきて、読破したのは高一の夏休み。ちなみに課題図書はアルジャーノンに花束を、である。
 そして晴れて高校生になり、ひょんなことから村上春樹の世界へと足を踏みいれる。彼の作品に出てくる曲を聴き、本を読んだ。僕は結構ミーハーなのだ。
 それからある一人の少女と出会い、彼女を介して沢山の書物と出会う。僕の初恋だった。
 まあ、その話はあとで語るとして。
 高校を卒業しても僕の本好きは止まることを知らない。今は世界の文学作品を読み漁っている。
 もう少し、本の話をさせて欲しい。
 一概に本が好きと言っても、僕の場合は中毒という程でもなかった。その理由の一つに、読む速度が遅い、とうことが挙げられる。それから、基本的に僕が本を読む場所というのは通学中の電車の中であり、家ではほかの事をして過ごしていた。恥ずかしい話、それはゲームやアニメといった類のものだった。
 閑話休題。
 バイトの話に戻ろう。
 書店員のバイトをする探す為、昨日から住居近くをうろうろしている。
 いくつか本屋は見つかったが、いまいち門扉を叩く自信がない。臆病なのだ。
 新しい世界へ期待をしながらも、あと一歩が踏み出せないでいる。
 とにかくこの一軒を最後にしようと、古そうな扉を押し開けた。



 これが僕と薫の出会い。
 長いような夢の日々の始まりだった。

作品名:センチメンタルシティ 作家名:もの