センチメンタルシティ
「あっちぃ……」
外に出ると太陽が僕らを突き刺して、彼女の顔を照らしている。
「そうね、もう少し涼しい格好してくれば良かったわ」
服の裾を引っ張って左の頬を膨らませる。
それでも僕が見る限りではけっこう薄着だと思った。彼女は桜色の小花が散りばめられたシフォンワンピースを着て、焦げ茶色の小さな鞄を携えている。背中には質素なリュックを背負っていた。
それからふと鼻を掠めた匂いに気付き空を仰ぐ。
「どうしたの?」
「入道雲だ。もうすぐ雷雨だな……。大丈夫?」
自分の裾の次は僕の裾を引っ張る。肌に触れないように慎重に。
彼女は、男性に触れる事が出来ないという。僕に出会った当初、隣に座るなんて言語道断。裾に触れたとなれば吐き気を催すほどだった。それが今ではここまで克服できた。どうして男性に触れる事が出来ないのかは知らない。一度だけ聞いてみたが、苦笑いしか返ってこなかった。話したくなればそのうち話してくれるだろう。
「まさか帰ったりしないわよね……?」
不安げな瞳が僕を捉えたままゆらゆらと揺れる。
「どうせ予定はないよ」
僕はなるたけ優しい声で、彼女の目を見据えたまま答えた。
「そう……」
「映画を観よう」
「何の映画?」
思いがけない提案に少し驚いたようだが、すぐ楽しそうな顔になる。僕は少し安心した。
「なにが観たい?」
「犬が出てるのがいいわ」
「わかった。そうと決まれば急がないと……」
また空を仰ぐ。
「あまり時間はないよ」
「そうみたいね」
彼女はころころと笑った。
作品名:センチメンタルシティ 作家名:もの