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センチメンタルシティ

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「久し振り、高戸くん。お酒、弱いんだ」
 矢追 優己に浴びせかけられた冷水のおかげであらかた目は覚めたが、服も髪もびちょちょで、毛先から袖口から水滴がしたたり落ちている。水なんか滴ったところで、僕はいい男になったりしない。
「普段はあんまり飲まないから」
 自棄酒だったなんて、口が裂けても言える訳がなかった。今、目の前に彼女がいるだけで、あの行動は水の泡だということが証明されている。格好悪いところを見られてしまった。
結局あのあと、引っ張り起こされて軽く水を払ったり絞ったりしたものの全く効果はなく、ぽたぽたと小さな粒たちが僕の周りに水たまりを作る。
「うち来る? とも言えないしね。どうしようか」
「いいよ、どうせうちすぐだし」
 怪訝そうに顔を覗き込んでくる彼女の視線を躱し、毛先を気にする素振りをした。濡れた指が、夜の灯りを受けてきらきら輝く。
「そう、じゃあまたいつか」
 そういって、矢追 優己は手を振った。
 びしょ濡れのまま、僕は夜の街へ割り込んでいく。家がすぐだなんて、大嘘だった。僕の家はここからそれなりにかかってしまうが、まあ仕方ない。
 彼女の後ろ姿を見送れば良かったと今更後悔し、振り返っても、当然彼女は闇に消えていて見えなくなっている。もう会えないのだろうかと、高校卒業後と同じ寂寥が僕の背後から襲ってきた。歩き出して踏み込めているこのアスファルトは、僕が佇みうずくまることを許しはしないだろう。
 矢追 優己。
 唯一の僕の、さいあい。

作品名:センチメンタルシティ 作家名:もの