センチメンタルシティ
夜風に頬が晒される。
目の前を走り去る車たちのライトがぼやけ、隣でふざけ合っている渡辺たちの声が遠くで響いた。半ば放心状態になりながらも、酒の所為でふらつく足を引きずり駅へと向かう。二次会なんて行けるわけがなかった。
結局、矢追 優己は姿を見せずに、あっけなく終わった同窓会兼納涼会。人の集まりも、それなりだった。なのに矢追 優己はこなかった。
はじめから、あまり期待はしていなかったけど。
それでもやはり、再会したかったんだろう。胸の奥が空っぽになったみたいで寒気がする。ついでに吐き気もしてきた。何を考えているんだ、また会えるだなんて。現実はそれほど甘くはないというのに。いつまで夢を見ているつもりだ、僕は。
夢。
矢追 優己が、僕に優しく語りかける。
ふたりで図書室のカウンターに収まっていて、彼女はいつも通り本を読み耽っていた。
「高田くん?」
僕は高橋だよ、と訂正する。そんなやりとりが、どれだけの支えになっていたか。
「違うな、高崎くんだ」
なんだかもう、お決まりだった。このあときっと、また僕はすかさず高橋だってば、とはにかみながら言うのだろう。
「高杉くんでしょ」
僕はいつも疑問に思っていた。
何度も訂正しているのに、まるで僕の声など聞こえていないかのよう。いつもいつも、最低2回は間違える。彼女の耳にも、高橋だよという声は届いているはずなのに。
「ねえ、高浜くん。そんなところで寝たら危ないよ?」
僕はカウンターに突っ伏している。
危ない? なにが?
「高本くん? おーい、起きてー」
ぺちぺち頬を叩かれた。彼女の手の平は、酒で火照った頬に心地よい。そろそろ起きても良い頃なのに、僕はその手の感触に溺れたくて意識を沈める。
「凍死しても、僕、知らないから」
すぅっと、体温が離れて行った。より心が空虚に満ち溢れる。酒だ。酒をくれ。
「もうお酒飲めるような状態じゃないでしょ。ほら起きて、高木くん」
僕の夢の中の彼女は、幾分冷めた性格をしているようだ。それでも、夢と現実の境界線はみるみるうちに溶けていく。どろどろになったかと思えば、さらさらと冷水のように僕の顔に降り注ぐ。
「うわっ、つめたっ」
……どうやら現実だったらしい。
僕は顔を拭うことも忘れて、ただただ矢追 優己を見つめる。
「矢追、さん……?」
「そうだよ、高村くん」
安心したように、にっこり微笑んだ彼女に癒された。また、あの夢が見たい。
そう思って横になろうとすると、すごい力で引っ張りあげられる。
「そういうのは、家に帰ってからだよ」
もう一度、冷水が降ってきて。
目を擦ると、彼女はペットボトルを僕めがけて傾けて、そこからとめどなく水が垂れていた。
作品名:センチメンタルシティ 作家名:もの