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センチメンタルシティ

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――2012年 8月5日



 どきどきしながら、居酒屋の扉をぐっと押す。
 途端、アルコールの熱気と人間の騒々しさに眩暈がした。なんとか足を踏ん張って、店員を待つ。団体であることを告げると、奥の宴会室のような場所に通されて、それなりに仲良くしていた奴に手招かれる。席に着くなり、僕は辺りをそれとなく見回してみた。
 彼女の姿は、まだない。
 今回はちゃんと腕時計をしている。時刻は7時過ぎ。
「おい、透。お前、何飲む?」
「お前は?」
 メニュー表を広げて、呑み慣れないアルコールを選び出した。店員は無表情を張り付けて、面倒臭そうに注文を繰り返す。
「レモンサワー二つ、若鶏の唐揚げがひとつ、手羽先がひとつ。以上でよろしいでしょうか」
 隣の奴が適当に返事をすると、店員はすり足で下がっていき厨房までかけていった。
 僕はまた目線を走らせる。それでも彼女は、矢追 優己は見当たらない。1年半で外見が劇的に変わっているとは思わないから、すぐ見つかると期待していた。僕は早くも打ちのめされる。こうなったら飲めるだけ飲んでしまおうと、腹をくくった。酒が回ればそれなりにどうにかなる。たぶん。
「透は何処に行ったんだっけ?」
 おもむろに、隣から声が飛んでくる。
「ここから何駅か先にある大学」
 先に運ばれてきた冷水を口に運びながら、淡泊に答えたあと、社交辞令のようにお前はどこ行ったんだ? と尋ねた。地元よりいくらか離れている専門学校でコンピュータの勉強をしているらしい。今年で卒業だからな、と呟いていた。
 しばらくすると、けったいそうな顔した店員がレモンサワーと唐揚げと手羽先を運んでやってきて、テーブルに手際よく並べていくと、またすり足で下がってかけていく。
 ちびちびとレモンサワーに口をつけながら、ぐるりと辺りを見遣っても、やはり彼女の姿は見つからなかった。腕時計で時間を確認すると、もう8時近い。
「そういやお前、矢追と仲良かったよな」
 突然の話題に、思わず吹き出しそうになる。
「え? ああ、まあ、うん。それがどうかした?」
「いや、今日来てねえんだなって思ってさ」
 グラスをテーブルに置いてきょろきょろしだした旧友に倣うように、僕も目玉を忙しなく動かした。
 すると、何人かの店員が大声でいらっしゃいませえっ、と叫ぶ。
 期待のこもった眼差しを、向けずにはいられなかった。同じように隣の奴もあほ面して扉を凝視している。
「って、渡辺じゃん。おーい、こっちこっち」
 入ってきたのはもう一人のそれなりな友人。がっくりとあからさまに肩を落とすこともできずに、曖昧な挨拶を交わす。呼びつけた店員にウーロンハイを頼み、僕の隣にどかりと腰かけた。

作品名:センチメンタルシティ 作家名:もの