【無幻真天楼第二部・第二回】星が丘
前に阿修羅が話してくれた【吉祥】という名前の女性のことを思い出した
【吉祥】は本当の名前ではないということ
本当の名前を呼んではいけないこと
…自由がないこと
中島が席を立つとガサガサと買い物袋から何かを取り出しヨシコの前に置いた
「やる」
「…これ…」
「眉毛ついてるのがでたらいいことあるんだとさ」
「可愛い…」
中島が置いたのは晩飯の材料と一緒に買ったコアラのマーチ
それを手に取ったヨシコが微笑んだ
「ありがとうゆーちゃん」
「っ…ゆーちゃんはやめろったろ…;」
「だってゆーちゃんはゆーちゃんでしょ? そうよ間違ってないわ」
「俺は柚汰だゆうたッ;」
大きめの声で言った中島の顔は赤く
「…柚汰…? じゃあ柚汰って呼べばいいの? そうなの? 呼べばいいのね?」
「まぁ…」
「柚汰」
ヨシコが中島を見て名前を口にすると中島が固まった
「柚汰?」
「あ…いや、まぁ…ゆーちゃんでもいい…けど」
中島が顔をそらすとヨシコが首をかしげた
「今ゆーちゃんは嫌とか言ってたのに変な柚汰。そうよおかしいわ」
「呼ぶなってっ;」
「柚汰って呼べって言ったの柚汰じゃない。呼べって言われたんだもの私は柚汰って呼ぶわ。だって呼べっていわれたもの」
「だぁもぅ!!; わかったから柚汰柚汰連呼するなッ!!;」
中島が真っ赤になって言う
「変な柚汰」
「るせぇッ;」
残っていた晩飯をかきこんで中島が食器をシンクに置いた
「呼べって言ったから呼んだだけじゃない? そうよ何で怒ってるの?」
「怒ってねぇッ;」
「怒ってるわよそうよ怒ってるじゃない」
「いいから早く食えよッ; 食ったら京助…」
そこまで言って中島が止まった
「…さっきの電話ん時…お前がここにいるって言えばよかった」
「え?」
「どうせまた黙って来たんだろ?」
中島に言われて図星だったのかヨシコが箸をくわえたまま顔をそらす
「やっぱか…今頃阿修羅辺りが探し回ってんじゃねぇか?」
「…そう…ね探してると思うわ…私じゃなく【吉祥】としての私をね…」
ヨシコが小さく言った
「周りは私を【吉祥】としてしか見てないわ…必要なのは私じゃなく【吉祥】としての私の方…私としての私を見てくれてない…」
うつむいたヨシコ
「ヨシコ…」
思えば自分もヨシコ…【吉祥】としてのヨシコしか知らない
【吉祥】以外のヨシコを見てみたい、知りたい
「なら教えろよお前のこと」
言ってからハッとした中島
「私の…こと?」
「や…っ; 違っ…あのなっ!!;」
わたわたと慌てる中島の顔は真っ赤になっている
「いいからっ!!; 早く…」
「なら私も知りたいわ」
「…は?」
「私のことを知りたいなら私もしりたいの。そうよ知りたいわ…こっちのこと…柚汰のこと」
ヨシコが中島を真っ直ぐ見て言った
「ね? いいでしょ? 知りたいんだもの」
「…わかったよ…;」
中島がため息をつく
「本当? 本当にいいの?」
「ああ…ただし俺が知ってることだけだけどな」
ヨシコがぱぁっと笑顔になった
「だからまずは食え; 片付かん」
「うんっ」
本当に嬉しそうに笑ったヨシコが茶碗を持った
作品名:【無幻真天楼第二部・第二回】星が丘 作家名:島原あゆむ