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龍虹記(りゅうこうき)~禁じられた恋~・其の二

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 木檜城本丸の大広間は俗に〝千畳座敷〟と世に呼ばれている。現実として広さが千畳もあるのかどうかは定かではないけれど、とにかく広い。大広間を取り囲む四方の壁はすべて黄金(金箔)が貼られており、ずらりと両側に並んだ燭台の焔が揺らめき、その黄金の壁に反射して、いやが上にも眩しさを増している。
 一体、嘉瑛の祖父がこの木檜城を奪い取った時、城は簡略なものにすぎなかった。それを、財宝を惜しげもなく費やし、今のように難攻不落の名城と謳われるまでにしたのだ。この千畳座敷もそのときに新たに作られたものである。
 主君を倒し、国主に成り上がった木檜氏初代嘉哲は、まさに下克上の時代の申し子であった。己れが元を正せば一介の油売りにすぎないことを生涯、気にしていたらしい。ゆえに、余計に豪華・華美に拘り、黄金尽くしの大広間なぞ作り上げたのやもしれぬが、千寿から見れば、それこそが成り上がり者の見栄としか思えない。
 それはともかく、あの千畳座敷は頂けない。幾千という蝋燭の焔に黄金の壁がこれでもかと言うほどに照り映え、眩しすぎるほどだ。
 あんな成金趣味の大広間を作るだなんて、流石に血は争えない、この孫にしてこの祖父ありだと半ば蔑みを込めて眺めていた。あの眩しすぎる座敷のせいで、余計に眼が疲れた。それでなくとも、朝から花嫁としての支度に追われ、千寿は疲れ果てていた。
 これで漸く一人になれる―と思うと、安堵のあまり溜息が出た。床に入ると、頭まですっぽりと掛け衾を被り、ほどなく深い眠りに落ちていった。
 どれほど眠っただろう。枕許に人の気配を感じ、千寿は眼を開いた。侍女でも様子を見にきたのかと思ったけれど、それにしては妙だ。
 ゆるりと褥に上半身を起こし、千寿は思わず声にならない悲鳴を上げた。
「―、あ、あなたは」
 何で、この男がここにいるのか? 
 千寿は烈しい驚愕と当惑に狼狽えた。
 枕辺に嘉瑛が胡座をかいて座っている。
「今宵のそなたの花嫁姿、実に美しかったが、無防備な寝顔もなかなか愛らしい」
 何故か、その言葉にゾワリと膚が粟立った。
「何をしにきたのだ。酒にでも酔うて、戻る部屋を間違えたのではないか」
 昼間であれば、この男と二人きりだとて何も怖くはない。だが、今は真夜中、しかも千寿は白の薄い夜着一枚きり、短刀はおろか身を守るものは何一つ持ってはいない。万寿姫が母から譲り受けた懐剣は、嘉瑛に取り上げられてしまった。一度は妹の形見として欲しいのだと頼んだのだが、嘉瑛は冷たい眼で睨んだだけで、懐剣を渡してはくれなかった。
「俺はそなたの良人だぞ? 良人が妻の部屋を婚礼の夜におとなうのは常識だと思うが」
 面白そうに言う嘉瑛に、千寿はキッと断じた。
「気分が悪くなるような悪ふざけは止してくれ」
「何の、俺は少しもふざけてはおらぬ。本気も本気だ。普通、祝言を挙げたその夜は、花婿と花嫁は初夜を迎えるものだろう」
「だから、何度も言っている。私は男で、お前も男だろう。私は妹の身代わりを務めているにすぎないんだ。人のいる前ではそれらしくふるまうよう極力心がけはするが、人眼のないところでまで夫婦の真似をするのはご免だ」
「そなた、女を抱いたことはあるのか」
 唐突に予期せぬ話題を振られ、千寿は眼を丸くした。すぐには意味を計りかねたが、やがて、徐々にその言わんとしていることが判った。
「そのようなことは知らぬ! 第一、貴様とそんな話なぞしたくない」
 白い頬を羞恥に染めるその様は、黒髪を背中に解き流し、一つに束ねた女姿もあいまって、どう見ても可憐な少女が恥ずかしがっているようにしか見えなかった。
「恥ずかしいのか、そなたは存外に可愛いな」
 〝可愛い、可愛い〟と連発され、千寿は羞恥だけでなく怒りに頬を染めた。
「止めてくれ。反吐が出そうだ。そんな科白は、女の許に行ったときにしてくれないか。私は男だとさっきから何度言わせば判るんだ」
「―男だとか女だとか、俺はあまり気にはせぬ。流石に、これまで衆道の気はなかったが、欲しいと思えば、それが男であろうと女であろうと、そのようなことは些細なものだろう」
 嘉瑛の眼が底冷えを宿して光った。
「何を―言っている」
 千寿は無意識の中に身を退いていた。
「そなたは確か万寿姫より一つ上だと聞いている。その歳に俺は初めて女を抱いた。十五という歳の割には随分と奥手というか、ねんねなのだな。聖人君子のそなたの父上どのは一人息子に性の何たるかも教えてなかったのであろう」
 憐れみを帯びたようにすら聞こえる嘉瑛の言葉がすぐには理解できず、千寿は首を傾げた。
「まぁ、良い。おいおいに、俺が直々に手取脚取り、手ほどきをして、みっちりとその身体に仕込んでやる」
「父を愚弄するのは許さぬと言ったはずだ」
 千寿が辛うじて体勢を立て直すと、嘉瑛は鼻で嗤った。
「何も愚弄しているわけではない。真実を有り体に申しているだけだ。むしろ、俺はそなたの父に感謝しているのだぞ? そなたが何も知らぬお陰で、俺がそなたを飼い慣らし、調教する甲斐があるというものだからな」
「私は貴様の飼い犬ではないッ」
 千寿が屈辱に震えながら叫ぶと、嘉瑛は頷いた。
「では、何だ? 飼い犬ではないのなら、そなたは俺の妻だろう?」
 まるで言葉尻を捉えては、千寿を嬲っているようだ。
「良い加減にしてくれ。私は疲れている。出ていってくれないか」
 千寿が冷然と言うと、嘉瑛が肩をすくため。
「やれやれ、つれない妻だ。新婚初夜に良人を寝所から追い出すとは」
 おどけたようなその口調にカッとなり、千寿は怒鳴った。
「だから、先刻から何度言わせたら、気が済むんだ。私は貴様の妻ではない。その身代わりをしているだけだと」
「ホウ? そなた、確かに身代わりと申したな。では、とくと教えてやろう。身代わりとは本来、すべての務めを代わってやらねばならぬのだぞ。妻の代わりであれば、当然のことに、夜の務めも含まれる」
「馬鹿な、男同士で」
 千寿が吐き捨てるように断ずると、嘉瑛がずいと身を乗り出してきた。見上げるほど上背のある男が接近してくると、それだけで威圧感があるようだ。千寿は我知らず、また後ずさった。
「男同士でも構わぬと俺も幾度も申したはずだが?」
 囁く低い声と、見下ろしてくる漆黒の瞳には危険な艶(つや)が含まれている。続けざまにのびてきた手に腕を摑まれそうになり、千寿はビクッと身を竦めた。
―この男は本気だ。
 千寿は漸く、事態がのっぴきならぬことに気付いた。まさか嘉瑛がこのようなことを言い出すとは想像もしていなかった。
 大体、同じ男同士が男女のように閨で睦み合うなどとは考えも及ばない。この残忍で卑劣な男―、しかも嘉瑛は、ふるさとの国を滅ぼし、両親や妹を死なせた敵である。仮に千寿が女であったとしても、そんな憎い男に身を任せるはずがない。
 嘉瑛がまた一歩近付く。千寿は厭々をするように首を振った。
「馬鹿なことは止めろ。そのような男同士で臥所を共にするなど、神仏をも怖れぬ行為だぞ」
 嘉瑛は、駄々をこねる子どもを宥めるように、ゆっくりと言葉を重ねてゆく。