うこん桜の香り
「先生、私が動いているから」
「色が出ない、君の色だ」
川田は言いながら、波子を押し倒していた。
「いや、いや」
萎れ始めた桜の枝で、波子は川田の顔を叩いた。
イーゼルが倒れた。波子の絵が波子を見ている。
波子は何をどこまでされたのかも解らなかった。洋服を身につけると、教室を出た。波子の足音が静かすぎる校舎に反響した。
川田はイーゼルを立てなおすと、波子の裸婦の上に絵の具を乗せ始めた。青色のカラーシャツを描き始めた。自分の波子への行動の後悔なのか、絵の仕上がりの悔いなのか、黙々と描いた。
波子は自転車をこぎながら涙が止まらなかった。驚きの体験であった。男とは恐ろしいものと感じていた。
夕食も取らずに風呂に入った。体をきつく洗った。あれほど慕っていたのになぜなのか解らない。