勿忘草とワンピース
一瞬で声も出ないほど血の気が一気に引くのと同時に、自分が冒した前代未聞のミスにようやく気づいた。
勿忘草は『結子が死ぬ直前まで持っていたアイテム』だ。
つまり昔の友人や思い出なんかよりもずっと思い出すきっかけになるモノのはずなのに、なのに……。
「何で……」
どうして気付かなかったんだ私は。
「なん、で……」
どうして気が付いてしまうんだ結子は。
「その反応って事は、やっぱり私……本当にもう死んでるんだね」
「…………」
「……知ってたの?」
「……うん」
「そっか……」
辺りが一斉に沈黙する。
実際は車のクラクションやら何やらの音が聞こえているんだろうが、私はそれらの音を遮断しているんだろう。
結子の言葉を聞くために。
「……奈緒ちゃん」
「…………」
「私、帰るよ元いた場所に。成仏しなきゃお父さんとお母さん泣いちゃうからね」
結子はきっぱりとそう言った。そう言い放った。
「…………」
結子の言葉に逆らう気はない。
確かに私は結子と一緒にいたい。でもこのまま幽霊のまま成仏出来ないのは結子が可哀想だ。
それに、これから先ほかの人間にバレずに結子がいられるとは思えない。
きっと、ここで消えるのが正しいんだろう。
寂しくても、それが正しいんだろう。
「せめて」
でも、
「せめて……結子がここに現れたのは、何か理由があるはずだから……それを叶えさせて?」
もうそれしか私には出来ないから。
せめてそれだけは、
「遊園地でも映画でも何でも付き合ってあげるから……」
「……ありがとね」
結子は一言そう呟く。
その時の顔はさっきまでと同じ優しい笑顔にも見えたし、泣きそうなのをこらえてる顔にも見えた。
「でもね、いいの」
結子が言う。
「私のやり残したことって多分、すぐに済むことだと思うから……なんとなくだけどこれで合ってると思うから」
「……なに?」
訊きたい、たった十三年しか生きられなくて、事故で死んで、いろんなことが出来なかった結子がやり残したことがすぐに済むとはどういう――、
「奈緒ちゃん、今までありがとう」
「え?」
「いつも一緒にいてくれてありがとう、いつも病院に来てくれてありがとう、いつも一緒に帰ってくれてありがとういつも遊んでくれてありがとう、私と友達でいてくれてありがとう」
そして結子は私から一歩引くと、
「さよなら」
そう言った。
次の瞬間、結子は空気に溶け始めた。
「! 結子!」
結子はただ笑顔のまま、溶けきって見えなくなった。
泣き崩れた私の前にあったのは、私が持っているのと同じワンピースと一輪の勿忘草だけだった。