勿忘草とワンピース
「意外と空いてるね、もっと混んでるかと思ったけど」
「そりゃまだ午前だし……つーかこんな早くに来てどうすんの?」
私と結子の二人は十分ほど歩いて、近くのショッピングモールのブティックコーナーに来ていた。
流石に午前十一時と言う微妙な時間では、がらんどうとまではいかないけれど日曜にしては店内のほかの客はだいぶ少なかった。
おそらくそこらのファーストフードで昼食をとっているといったところだろう。
このショッピングモールにはチェーン店のフードコーナーもあるし、そっちに行っているのかもしれない。
「勿論、いいのが売れないうちにブティックコーナーをまわるために決まってるでしょ!」
「いつ来ても変わんないって、ここらへんじゃ一番でっかいショッピングモールなめんな」
在庫は結構あるだろう、ここなら。常識的に考えて。
「えー? そうかなあ? ……あ! これ可愛い!」
「ん、どれどれ?」
「奈緒ちゃん? これなんてどお?」
そう言って結子が見せてきたのは……、
「……えーと、これは?」
「ん? ワンピだよ? ワンピース」
「いやそれはわかるけども……」
結子が持ってきたのは確かにワンピースだった。
ベースの白にピンクの水玉でレースもついている実に可愛らしいワンピースだ。
実に、実に少女然としていて可愛らしいワンピースだ。
「って、こんなの恥ずかしくて着れんわ!」
「えー、でも可愛いよー?」
「いやこの可愛いは何ていうか子供っぽい可愛いじゃん!」
「だからいいんだよ! イメチェンだよイメチェン!」
「う……いやその……」
抵抗しつつもふと結子の持っているワンピースを見る。
まあ確かに可愛いのは間違いないしこういうのを着てみたいと思ったことがないのかと言われれば嘘になるし第一イメチェンしようとしているのならこれを着るのも十分アリな気もするしこれはこれで中学三年生とのギャップ的なものを期待するのもいけると思うし値段もかなり控えめだからこれはこれで買うのもありというか何というか……。
「ああもう、面倒だから取り敢えず着ちゃえ!」
「え?! ま、まだ心準備が……」
「いいからいいから!」
「ま、待った! まず結子から着てみない? それ?」
「ん? いいよ」
そう言って結子は更衣室へとぱたぱた入っていた。
「……意外とすんなり行ったな……」
一息ついて、更衣室の壁に寄りかかる。
今のところ、結子はまだ自分が死んでいるとは気づいていない。
まあ、私の幻覚説はここ店員やほかの人間が結子がいること分かっている風だったからまずないだろう。
だからって結子が実は死んでなかったなんていうのもありえない、となると……。
「(やっぱ幽霊かなんかなのかなあ)」
だとすれば何かやり残したことでもあるんだろうか?
大切な何かを。
「(いやでもなに? やり残したことって?)」
学園祭にも運動会にも遠足にも出られなかった病弱体質な結子がやり残したことって正直、挙げていくときりがないと思うんだけど……。
まあどうにせよ私は結子がやり残したあるというのなら、全力で叶えてあげようと思っている。それがあの子のそばにいてあげられなかった私にできる最後の償いというものだろう。
……まあやり残した事が何なのかもいくつあるのかもわからないとどうしようもないんだけれど……。
どうしたもんかと下を向いてうんうん唸っていると、
「おー、やっぱり奈緒じゃーん! どうしたのー?」
不意に遠くから私に声が掛かった。
この間延びした口調と声にはとてつもなく聞き覚えがある。
というか間違いなく――、
「……詩織?」
「そうだよー、ってあー! 髪下ろしてるしー! 結構久しぶりじゃなーい?」
私はブティックの入口近くにいる詩織へと駆け寄った。
「なんだー、髪下ろしてもやっぱり似合うねー」
「え? ああうんありがとう……ってか詩織に言われてイメチェンしてみたんだよ、これ」
「あ、そうなんだー……ところで奈緒? ここへは一人で来たのかな?」
「へ? いや違うけど……」
「じゃあ誰と来たのー? ……まさか彼氏とかー!?」
「いやそんなわけ……」
ん、ちょっと待て?
一、今後ろのブティックの更衣室には幽霊の結子がいる。
二、詩織は結子と面識がある。
三、詩織は私ほどのスルースキルはない。
四、結子が幽霊だとバレたら一緒にいるとかやり残した事をするとか言ってる場合じゃなくなる。
結論、この状況は非常にまずい。
「……詩織?」
「……ん? え? マジで彼氏なの……?」
「……いいよ、ここで去ってくれれば明日学校で詳細を教えてあげ――」
「わかったよー! 私達友達だもんねー!」
そう言って詩織は全力疾走で去っていった。
相変わらずそう言うこと関しては理解が早いな、一番厄介な点だとも思うけど。
「…………」
「おーい、奈緒ちゃーん? どうかな似合ってる? ……ってどうしたの? 何だか燃え尽きてるよ?」
試着を終えて出てきたらしい、結子が後ろからやって来た。
「あー……うん、燃え尽きたっていうか……」
なんか大切なものの為に、私は何かとんでもない事をしでかしてしまったって気がする。これからの学校生活で。
「で? どう? そのワンピースは?」
「うん! やっぱり可愛いよこれ!」
気に入ってくれたのならばそれは非常に助かる。出来ればそのままレジに持っていってくれるともっと助かる。
なにせ試着する必要性も無くなるしね。
「奈緒ちゃんも着てみなよ! いや、むしろ着なきゃダメ! 全く同じのたくさんあったし」
「……まじですか……」
流石大型ショッピングモールのブティックコーナー、在庫ならいくらでもあるってことか。
「(一難去ってまた一難……)」
私は笑顔の結子に連れられて、もう処刑台にしか見えない試着室へと誘われていった。