勿忘草とワンピース
「んー……」
着ているのは久しぶりにクローゼットから出したミニスカートとお気に入りの白いパーカー。髪も久しぶりに下ろしてみた。
の、だが。
「……果てしなく似合ってないし……」
自宅の洗面所にある鏡の向こうに佇む少女を見て、思わずそう呟いてしまった。
「もうこの髪型やめて二年くらい経つしなぁ……そりゃあ子供っぽくも見えるわ……」
私は髪も手に付けているシュシュでたくっていつものポニーテイルにして、改めて鏡の前に立ってみる。
「でもこれも違うんだよなあ……」
再びシュシュを外して首を捻る。イメチェンってこんな難しいんだ……。
私は一昨日、小学校からの友達の中野詩織からこんな事を言われた。
「奈緒ちゃんってー、髪型全然変わんないよねー」
私も私で、『そろそろ髪型を変えてもいいかな?』と思っていた私は、この日曜に思い切ってイメチェンして出かけようと目論んでいたのだが……。
「あうー……どうすっかなあ……」
この通り見事な玉砕っぷりである。まあまず思い切ると言っているのに髪を切ると言う選択肢を思いついていない時点で既にそこまで本気でもないことは分かっていただきたい。
「まあ……これでいっか」
私は洗面所にある赤い櫛で髪をとく。もうかれこれ五年くらいこの腰くらいの長さを維持している気がする。
確か結子に勧められたんだっけ……この髪型。
「さてと、ポーチと財布と――」
洗面所から出て、家のダイニングテーブルに置いてある外出用のバックと自宅の鍵を取って玄関に向かう。
「さてと、行きますか」
パーカーの裾を一度折って、長さを調節する。うん、これくらいでいいだろう
ドアを開けて外に出る。私の家は一軒家なので、玄関の扉を開けばすぐに向かいの家が見える。
空は一面青色で雲ひとつなく、北海道故の適度な涼しさでまさに外出日和りといった様で、目の前には結子が見える。
「おーす、遅かったねー」
「…………」
私は後ろに振り返って鍵を閉める。
ちょっと待って、もう一度整理しよう。
空は一面青色で雲ひとつなく、北海道故の適度な涼しさでまさに外出日和りといった様で、目の前には結子が見える。
向かいの家じゃなくて、結子が見える。
取り敢えず振り返ってもう一度結子がいることを確認した。
「? どした?」
そこには何故か結子がいた。
私が最後に会った結子から何故かだいぶ成長した姿になっており、あの頃から身長が十二センチ伸びた私とほぼ同じ高さのままだ。
服も昔結子がよく着ていた白いワンピースじゃなく、普通に最近のカーディガンにスカート、髪もいつものショートヘアーというまさに『もし結子が生きていたらしそうな格好』だった。
「……なんでいんの?」
あまりにもいきなりというか驚愕すぎてこれしか言葉がでてこなかった。
「何でも何も今日二人で出かけるって言ってたじゃん!」
「…………はあ」
まずいなー最近無理した記憶は無いんだけれど、どうやら幻覚が見えるようになってしまったらしい。何か服装が私の予想通りなところとかますます怪しいし。
「ちょっとちょっと! 何? 忘れちゃってたの?!」
「……忘れちゃってた」
「あー! なーげーやーりーだー!」
結子は私の玄関の前で腕をぶんぶん振り回して不貞腐れる。
分かっているとは思うけれど、忘れたと言っても私に落ち度はこれっぽっちも無い。そもそも結子この世に居ないんだから約束のしようもないんだし。というかなんでいるんだよ。
「というかどうしたの? どうしてそんなにテンション低いのー!」
「いやどうしても何も……」
日曜に出かけようとして玄関の扉を開けたら突然この世を去った友人が目の前に現れたら誰だって困惑するわ。
というかまずこんな状況が有り得ないわ。
……まあどうせ幻覚だから、困惑している私は他人から見ればただの痛い人にしか見えないんだろうけど。
「あーもういいや、早く行こうよ」
「え? え?」
結子がこっちに近づいてきて私の腕を掴んだ。
「ほら! 行こ!」
結子はそのまま私の腕を掴んでそのまま歩き始めた。
「まっ! ちょ! あれ?」
「まだ思い出さないの? 今日は二人で買い物行くって言ってたじゃん!」
だから約束した覚えも約束する方法もないんだけど……。
「(……ってあれ?)」
何だろう、掴まれている部分が妙に温かい……。
というか幻覚のはずの結子に掴まれた上に引っ張られている?
「(これってどういうこと?……幻覚じゃ――)」
そう考えている内に、私はどんどん結子に引っ張られていく。
「ちょ、ちょっと待って結子! どこに行くの?」
「ショッピングモールだよ! ここらへんじゃ一番大きいとこ」
「え? あ、ああ、あそこね」
確かにここから十分ほど歩くと、かなり大きいショッピングモールがある。おそらく結子が私としたという約束(した覚えはないが)の買い物とはそこでする予定なのだろう。
「…………」
……買い物できるということは?
「結子? ちょっと私のほっぺた引っ張ってみて?」
「え? なんで?」
「いいから早く」
「? わかった」
結子は一度立ち止まると、私の頬つまんでを思いっ切り引っ張った。
「痛でででででで!」
うん、めちゃくちゃ痛い。
「目覚めた?」
「……うん覚めた」
そして理解した。
ここにいるはずの無い、坂野結子と言う人物がなぜか存在していると。