【無幻真天楼 第二部・第一回・参】そして僕にできること
騒がしい晩飯時間が終わると茶の間の人口密度が一気に減った
後片付けに台所に向かったのは母ハルミと緊那羅と烏倶婆迦
慧喜と悠助は風呂に向かい、コマとイヌは散歩に出掛けた
「病人のくせに食欲はかわらんのな;」
「悪い?」
京助が麦茶を飲み干した矜羯羅に言う
「まぁ食わないよりはいいだろう」
そこに竜之助が加わった
「いい顔してるぞ矜羯羅」
「…そう…」
竜之助が笑顔で矜羯羅に言う
「気分いいだろう」
「…さぁね…ただ今は背中が重い」
「そりゃな;」
テーブルに肘をついた京助が矜羯羅の背中にもたれ掛かって爆睡している制多迦を見て口の端をあげた
いつもならここで矜羯羅は制多迦に対して引き剥がすとかいきなり立ち上がるとか何かしろリアクションを起こしているはず
「起こさないのか?」
「別に…起こす理由ないし重いけどあったかいし」
「そうか」
「何さ…」
「いや?」
竜之助と矜羯羅の会話に突っ込めないでいる京助が立ち上がった
「どっかいくのか?」
「あー…」
やる気なく返事した京助が茶の間から出る
暗くなった廊下を自室へと歩く京助がふと気配を感じて縁側のある和室を覗き込んだ
「これでいいナリ」
「ありがとうございますナリ様」
夕暮れが夜に変わりつつある庭にいたのは慧光とヒマ子
「ナリ様がお手入れしてくださってからお肌の調子がとてもいいんですの」
「お肌って…」
「あら京様」
「京助」
ヒマ子の言葉に京助が思わず突っ込むとヒマ子と慧光が振り返った
「何してんだ?」
「あ…ヒマ子さんに肥料あげてたナリ」
慧光が手についていた土を払う
「お前草とか花とかの世話うまいのな」
「や…ただ好きなだけナリ」
京助に言われて照れたような慧光が庭を見渡す
台風でぐちゃぐちゃだった庭は綺麗に片付いていた
「私こっちじゃこういうことくらいしかできないナリ。だから…」
「できること…なぁ…」
「京様?」
京助が呟く
チリンと風鈴が鳴った
誰かのために自分ができること
自分は誰かのために何かできているのか
そもそも誰のために何をしたいんだろう
誰かって…誰…
そう考えてふっと頭に浮かんだのは緊那羅の姿
「緊那羅?;」
その名前を口に出した京助
「何故に緊那羅?;」
「緊那羅…がどうしたナリ?」
「京様?」
ぶつぶつ言う京助に慧光とヒマ子が聞く
「…わけわからん;」
「私もわけわからんナリ」
「私もですわ」
うーんと考え込んだ京助に慧光とヒマ子が言う
「…風呂行くか」
「いってらっしゃいナリ」
「いってらっしゃいませ」
踵を返した京助を慧光とヒマ子が手を振って見送る
「…どうしたナリか京助…」
「秋が近くなっておセンチになっていらっしゃるのでしょうか…あああん…何て繊細な京様…っ!!」
ヒマ子が体をくねらせる
「…繊細…ナリか…?」
慧光が暗い家の奥を見て呟いた
作品名:【無幻真天楼 第二部・第一回・参】そして僕にできること 作家名:島原あゆむ