愛だの恋だの言う前に
薄まったジュースを全部飲み干し、ファストフード店を出た。
ますます人で溢れ始める駅へ寄り、求人情報誌を手に取る。
まずは大学をどうするか決めなくてはならないだろう。在学か退学か休学か。この中途半端な時期から奨学金が使えるのかどうかも確認しなくてはならない。
あの家に帰ったところで借金取りが来たり、それこそ元締めのヤのつくご職業の方に来訪されるんじゃないかという恐怖はあったものの、他に行くところも金もないため、ひとまず帰ることにする。
冷静なつもりでもパニックになっていたようで、自分の部屋がどうなっているのか確認もして来なかった。自分の家具や、それこそ大学の教科書などがどうなっているのかも確かめなければならない。
通帳とかなくなってたら困るよなぁ。
もうすでに家ごと差し押さえされてたりしたらどうしようか。
どんどん後ろ向きな考えが浮かんでは消えていく中、慣れ親しんだ我が家へと向かう。自然と足取りは重くなる。
やっぱり、瑞葉に頼んで家に居させてもらえばよかったかな...。
ここを曲がれば数メートルで家に着くという交差点で、一台の高級車が赤信号で止まっていた。
いいよな、あんな車に乗ってる奴はどうせ夜逃げなんかとは無縁なんだろう。
いや、むしろ夜逃げしたい人間を斡旋する側で俺よりも夜逃げと昵懇の仲なのかもしれない。
それとも、もしかしたら、夜逃げされて困る側の人間で、夜逃げした人間をとことんまで追い詰める方の人間か――。
どうせどれもこれも現実からはかけ離れた妄想だということはわかっている。だが、この状況ではアホな妄想でもして気を紛らわせていないとやってられない。
信号が青になったところで、車は軽快に走り去る。
俺はボーっとそれを見送った。
さて、ここに突っ立ててもしょうがないか。家に帰って出来る限りの現状把握をすることにしよう。
家には心配したような輩は訪れておらず、むしろ誰も居なくて静かなくらいだった。
ドタドタと階段を駆け登り、机の引き出しに仕舞ってあった自分の通帳を見つけ、ホッと息を吐いた。両親には申し訳ないが、後でATMに行って残高も確認して来よう。
俺の部屋の中はこの状況下では不自然な程に、何もかもそのままだった。
勉強机に本棚、ベッドとオーディオ類、パソコン関係も含めて何もかもが、俺がバイトに出かけた時のままだった。
「とりあえず、よかった、のか?」
これも不幸中の幸いと言うのだろうか。
えっと、次は何をすべきなんだ?
急にまぶたが重くなり、頭が働かなくなってきた。
何度も欠伸が出る。
普段なら今の時間帯はバイトから帰ってきて眠っている時間だ。
部屋の中が無事だったことに安堵し、張り詰めていた緊張の糸も切れたらしい。
眠くて当然だ。
少しくらいなら寝ても大丈夫かな。
荷物も無事だったし、通帳もあったしでさっきの不安はどこへやら消し飛んでしまい、俺はすっかり安堵の気持ちに包まれた。
眠気によるマインドコントロールも多少なりともあっただろう。
これ以上、重たい頭で考え続けても解決策は見つからないよな、きっと。
頭の中で自分で自分に言い訳し、ごそごそと布団に入り込む。
まったりとした暖かさに包まれ、俺はすぐに眠りに落ちた。
作品名:愛だの恋だの言う前に 作家名:久慈午治