愛だの恋だの言う前に
「で、どうすんの?」
24時間営業のファストフード店で、瑞葉は開口一番聞いてきた。
俺は家の玄関で数分間、途方に暮れた後にこの時間でも起きていそうな瑞葉に電話した。
簡単に説明をすると、すぐにそっちに向かうと言い、互いの家からのちょうど中間地点であるこの店で待ち合わせをしたのだ。
瑞葉と俺とは駅を挟んで反対方向に、自転車で10分の距離に住んでいる。
「何が?」
「何がって!?」
酸欠にでもなったのか、瑞葉は口をパクパクと動かすだけで二の句が告げないようだ。
「これからってことか?」
仕方なく俺が続きを促すと、コクコクと頷いた。
「そう。これから! あんた、まだ大学生じゃん」
容赦なく痛いところを衝いて来る。さすがイトコだ。
「・・・バイトはしてる」
「それで生活できるの? 学費は? それに――」
身内でもこれは言い難いのか口ごもる。
「借金?」
「うん。あるんじゃないの?」
返事に困り、俺は他に客のいない店内を見渡した。
狭い店ながら、席は40〜50はあるだろう。顔なじみの店員に話を聞かれたくなかったので、2人してLサイズのドリンクを注文してから2階の席へと移動してきた。
「まぁ、逃げるくらいだからあるんじゃなねえか?」
正直、よくわからない。両親がやりくりしていたのだし、俺は家計にはノータッチだった。
「他人事っぽい言い方だなぁ。普通は借金を苦にして、だよね。夜逃げって」
本当にまだ実感もないのだ。あの家に帰っても、もう何も、誰もいないなんて。
瑞葉がズズッとジュースをすすり、言葉を続けた。やけに音が大きく響く気がするのは、他に客がいないからだろうか。
「なんか新鮮だよね」
俺もジュースを手に取る。氷が解けてしまって味が薄い。やっぱりLサイズは大きすぎたか。
「何が?」
「会話中に“夜逃げ”っていう単語が出てくるのが」
当たり前だが、今までの人生では体験したことのない出来事だ。
「あぁ、確かに。日常会話じゃ出てこない単語だな」
俺もテレビ以外じゃ初めて聞いた。夜逃げの話、と瑞葉は気楽に感想を言う。仮にも親戚だというのに、ノリが軽いな。
「あれ、じゃあ今これって非日常なの?」
思い至ったらしい瑞葉は疑問を口にする。
「やってることはいつもと変わんねえなー」
全くもって、いつもと同じだ。ファストフード店でダベッて時間を潰す。決定的な解決策など見つかるはずもない。
「さて、これからどーすっかなー」
窓の外を見るとだいぶ外も明るくなり、スーツ姿の人たちが駅へ吸い込まれるように消えていく。
腕時計を確認すると、午前6時を回っていた。
「あ、あたしもそろそろ家に帰って仕事行く準備しなきゃだわ」
つられたように携帯で時間を確認したらしい瑞葉は残りのドリンクを一気に飲み干すと、席を立った。
「悪かったな。朝っぱらから」
手を上げて、じゃあなと挨拶をする。
「ううん。しょうがないじゃん、非常事態だし。なんかあったらまた連絡して」
じゃねっと軽い挨拶を寄越し、瑞葉は去って行った。これから家に帰って着替えて化粧をし、あの駅へ向かうのだろう。
俺はグッと思い切り背伸びをしてみた。気付いてもいなかったが、やはり突然の非常事態に筋肉が硬直していたのだろう。とても気持ちがいい。
「さて、どーすっかね...」
声に出してみても、どうにもなるはずもなく携帯電話を見る。着信は1件もない。
この事態に陥ってから真っ先に両親の携帯に電話を掛けてみたが、どちらもすでに解約されているか電源が入っていないかで繋がらない。
何かしら連絡くらい、くれてもいいだろうに。
そう思っていると、メールが受信された。まさか両親ではあるまいと思いながらも、多少の期待はある。
画面を開くと同時にその期待はあっさり裏切られた。瑞葉からだ。
“家に居られないようだったら、うちに来てもいいよ”
家に帰る途中で打ったのだろうか。文面は素っ気無いが、こちらを気にしてくれているのがわかる。
「血の繋がりってありがたいなぁ」
独り言が漏れる。
今朝、まさに血の繋がった両親に見捨てられたばかりだというのに、未だ俺は血の繋がりというものを信じているらしい。
「とりあえず職探しかな」
カカカッとメールの返事を打ち込みながら、帰りに無料の求人情報誌をしこたま持ち帰ろうと思った。
“サンキュー。でも、たぶん何とかなると思う。困った時は飯おごってくれ”
送信すると、1分と立たずに返事が返って来た。
“お安い御用!!”
瑞葉は言い回しがちょっと古い。
心強い味方を持ち、俺の心は少し落ち着いた。
困った時には瑞葉の家に駆け込もう。恥も外聞も関係なく、一目散に。
作品名:愛だの恋だの言う前に 作家名:久慈午治