愛だの恋だの言う前に
序 青息吐息
変化はいつも唐突で、何の準備も出来ていないところにポンとやってくる。
今回もそうだった。
でも、何も知らないのは俺だけで、水面下で事は動いていたようだ。そうじゃなきゃ、こんなことっておかしいだろ。
もう一度、靴を履き直し、表に出た。玄関の外で確かに自分の家がここだと確認する。外壁は一緒。
門のところまで戻り、一応表札を確認する。「渡会(ワタライ)」。合っている。ポストの住所も同じだ。
当たり前だ。もう10年以上も住んでいる。間違えるはずもない。鍵だってちゃんと開いたじゃないか。
再び靴を脱ぎ、リビングのドアを開けた。悲しいことに、どうやら見間違いじゃないらしい。
「なんで家具が1つもないんだ?」
ソファもテレビも食器棚も、テーブルも何もかも。記憶に残っている家具全てが消えていた。
頭では答えが導き出されるが、受け入れる心の準備は出来ていない。
クツクツと笑い声が聞こえた。どこからかと思ったら、知らずと自分で笑い出していた。
そうか。許容できない事態に陥ると、人間は笑うのか。
どうやら家族が俺を置いて夜逃げしたらしい。
呆れて涙も出てこないぞバカヤロー。
深夜のバイトを終えて帰宅した、キレイな朝焼けの日のことだった。
作品名:愛だの恋だの言う前に 作家名:久慈午治