『喧嘩百景』第8話銀狐VS田中西
――浩己っ。
裕紀は咄嗟に弟を蹴り飛ばした。
西があろうことか銃を抜いたからだ。
構造は――ガス銃(ガン)。しかし、プラスチックの弾ではなくアルミ製の弾が詰めてある。
「飛び道具かよ」
――何て凶悪な女――。
西は容赦なく引き金を引いた。
「龍騎兵のくせに田中の西さんを知らない方が悪いんだよ」
弾が裕紀の頬を掠めた。
躱せたのではない。相手がワザと外したのだ。
ちくしょう。田中西だと。知るかよ。
裕紀は追いかけてくる銃口を避けて回り込んだ。
「視界」の端、西の背後で浩己が立ち上がる。
しかし、裕紀の方を向いたまま西は笑顔を浮かべていた。
左腕を背中へ回す。
「浩己っ」
裕紀は西に掴みかかった。
同時に浩己が西の左手の銃を狙う。
西は笑顔で小さく舌を突き出した。両手を引いて腕を交差させ自分の脇の下へ銃を隠す。
目標を失った二人は一瞬ずつ躊躇した。
その間に西は裕紀の方へ向いて腕を開いた。二つの銃口が裕紀の大腿と、もう西の肩まで迫っていた彼の左の掌に突き付けられる。
ガスの抜ける音。
「ちっ」
裕紀は躱せないと悟るとそのままその銃を掴んだ。痛みが手足を突き抜ける。小さなアルミの弾は、人間の身体を貫通するほどの威力は持っていなかったが、皮膚を破り浅く体内に食い込んだ。
血が滲む。
――この程度でっ。
裕紀は痛みを堪(こら)えて銃を奪い取った。
浩己が凶器を失った西の右腕を掴む。
西は右腕を掴まれたまま、左手の銃を裕紀の左大腿に向けて連射した。小さな弾とはいえ、数が集まれば肉を抉る。堪(たま)らず裕紀は膝を付いた。
「裕紀っ」
浩己は腕を引いて西の身体を引き寄せた。
彼女は浩己の懐でくるりと身体を回して銃口を彼の脇腹に押し当てた。僅かの躊躇いもなく引き金が引かれる。
浩己は西の右手を力任せに捻り上げた。
西は銃を握ったまま左手を振り上げて浩己の首筋を殴り付け、そのまま腕を引っかけて浩己の身体を蹴って宙返りした。
スカートがふわりと彼女の身体を追い掛ける。
浩己は脇腹を押さえて膝を付いた。
撃ち込まれたのは一発ではなかった。
「あんたたち、実弾なら命はないよ。女に手加減してちゃ日栄一賀の代わりは務まらないんじゃないの」
作品名:『喧嘩百景』第8話銀狐VS田中西 作家名:井沢さと