『喧嘩百景』第8話銀狐VS田中西
沙綾とかいう娘はごく普通の女子高校生だ。しかし、西というこの娘は彼らの前で気配を消して見せた。ものを目で見ていない彼らの前で。先輩たちの例もある、ごく普通の女子高校生とは言えなかった。
「なら、」
と、西は挑戦的な瞳を二人に向けた。
「お茶会同好会の相原でいい。ちょいと相手になってもらおうか」
彼女の雰囲気は彼らの先輩に少し似ているようだった。
いやーな予感が頭を過ぎる。
「お茶会の」と言い換えられたところで実質は変わっていない。穏便な用件、例えば――そうあってくれればどんなにいいだろうが――交際の申し込みなどでは決してないことだけは確かなのだ。
「できれば勘弁してもらいたいんだけどな」
裕紀は無駄とは思いながらも一応申し入れてみた。こう正面切って挑まれると対処の方法が思いつかない。
「相原。会長のところに直接行ってもよかったんだよ」
西の挑発的な態度は変わらない。
会長――お茶会同好会会長、日栄一賀(ひさかえいちが)。彼に触れれば二人を刺激することを知っている口振りだ――。そして、龍騎兵を知っていて日栄一賀を恐れない。――何者だ?
「でも、日栄先輩は環(たまき)女史以外の方とはお付き合いなさらないというお話でしたから」
沙綾がにこやかに口を挟んだ。
そうだった。沙綾の言葉が二人に思い出させた。
「あの人が相手にしない連中を俺たちが相手にするいわれがない」
一賀はもう「最強最悪」と呼ばれていた頃の一賀ではない。誰の挑発にも乗りはしないだろう。彼が争わないなら彼らとて彼を守る必要はない。
「沙綾ちゃん、余計なことは言わなくていいの」
西はちっと舌打ちして拳を握った。
「五分(ごふん)だ。反撃する気がないなら手を抜いてやる。躱(かわ)せるものなら躱してみなっ」
返事を待たずに西は二人に飛び掛かった。
――手を抜いてやるだと。
――誰に向かって言ってる。
裕紀と浩己はひょいと飛び退いて歩道の脇に鞄を置いた。
争いごとは好まないが、なめてもらっては困る。
手を抜いて、五分で俺たち二人を落とすって言うのか。
二人はくるりと西の方へ向き直った。
「見えてないってのはホントだな」
耳元で声。
「なっ――」
西はいつの間にか二人のすぐ傍(そば)に立っていた。
作品名:『喧嘩百景』第8話銀狐VS田中西 作家名:井沢さと