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『喧嘩百景』第8話銀狐VS田中西

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   銀狐VS田中西

 「何だ?」
「俺たちに何か用か?」
相原裕紀(あいはらひろのり)と相原浩己(ひろき)は、下校途中、人通りの少ない公園脇の歩道で一人の女子生徒に道を塞がれた。
 見覚えのない顔。知らない気配。制服は彼らと同じ一高のものだった。
 「初めて御目にかかります。私(わたくし)、一年七組に在籍しております、相本沙綾(あいもとさや)という者です。突然お引き留めして申し訳ありませんが、一時(いっとき)ほど私たちにお付き合い戴けませんでしょうか」
 色白の大人しそうな少女は丁寧に言葉を並べて深々と頭を下げた。
 肩口から緩くウェーブの掛かった柔らかそうな髪がこぼれる。
 ――私たち?
 二人は沙綾の言葉で視線を彼女から外した。――ほかに誰かいるのか?気配がない。
 「同じく一の七、田中西(あき)だ。龍騎兵(ドラグーン)の相原だな」
 声は少し高いところから降ってきた。
 公園の、歩道へ張り出した木の、上か――。
 二人は声のした方へ顔を向けた。
 がさがさと枝が揺れ人影が舞い降りる。
 木の葉と一緒に小柄な少女が地面に降り立った。
 こちらも見覚えのない顔。
 ――龍騎兵。「そういう」用件か。
 裕紀と浩己は互いに顔を見合わせた。
 「そういう」用件は減ってきているものとばかり思っていたが、こんな女の子たちから「龍騎兵」の名前を聞くなんてなぁ。二人は軽く溜息をもらした。
 「龍騎兵」は、彼らが入学する前の年にはすでに解散してしまっていた一高の校区を縄張りとする暴走族の名だ。この辺りでは最大のチームで数々の伝説も残っている。彼らも確かに中学時代には、龍騎兵との関わり合いがなかったわけではないが、「龍騎兵の相原」などと呼ばれるほど関わった覚えはなかった。
 「申し訳ないけど、俺たち、龍騎兵なんて知らないよ」
「何中(なんちゅう)の出身か知らないけど龍騎兵なんて随分前から聞かないだろ」
 二人はショートカットでボーイッシュな娘に向かって言って聞かせた。龍騎兵の解散は一般生徒の間でも周知の事実だ。最後の総長だってもう卒業してしまっている。龍騎兵の伝説はもう昔の話なのだ。
 彼女たちが何をどこまで知っているのかは知らないが、物騒な話は遠慮したい。
 二人は娘たちの気配を計っていた。