かくれんぼ
名残の空
ハサミでおおざっぱに切り取られたような。鋭い線に四方八方から引き裂かれたような。そんな空があった。それは、消し忘れた黒板の文字に似ていた。淋しく残った、最後の空。
そこは小さな公園だった。西日の中に、小さな滑り台や軋むブランコ、塗装の剥がれかけたジャングルジムなんかが佇んでいる。モズの声が、遠く響いた。
錆の浮き出たジャングルジムのてっぺんに座って、あかりが空を見上げていた。長い髪が、風になびいている。十五歳くらいだろう。白いワンピースが、どこか褪せて見えた。
彼女は悲しげな表情を浮かべて、ゆっくりと足を揺らしていた。他に、何をするでもなく。ただ、淋しそうな目が、暮れていく空を見届けていた。
「あかり」
声をかけると、静かな視線が一瞬だけこっちに向いた。
「私だけれど、私ではありません」
質問を先に読んでいたように、彼女は静かに口を開いた。
「私ではないけれど、確かに私です」
沈んでいく太陽。薄い青と薄い赤の混じり合った、不思議な色合いの空。あかりは、その小さな空から目を離さない。
「大切なもの、を、無くしたのです」
どこかたどたどしさの残る敬語で、あかりは語った。
「大切なもの?」
「大切な人、が、いなくなったのです」
暮れていく空は、少しずつ色合いを失っていく。少しずつ、けれど、確実に。
「だから君は、ここに来たのかな?」
そう問い掛けると、あかりは少しだけ考え込んだ。
「そうかもしれません。そうでないかもしれません」
私にも、わかりません。落ち着いた口調。落ち着いた声。
「貴方はどうして、ここにいるんですか?」
そう問い返されて、少しだけ答えに迷った。
「俺は、いつの間にかここにいたよ。それ以外は、わからない」
いつの間にかここにいて。迷い込む人を探し出して。それが、自分の役割だと思って。
「けど。本当のところ、わからないんだ。俺は誰で、何のためにここにいるのか、わからない」
わからない。迷い込んだのは誰かか、俺か。
「わからないから、したいようにしてるよ。君を見つけてあげたいんだ」
ここは人の居ていい場所じゃないから。
「声が、聞こえたんだよ。たぶん、君のだと思うんだけど」
だから、目覚めて。だから、探して。見つけてあげたいんだ。
「それなら、探して下さい」
流暢な敬語。涼やかな声。
「私を、見つけてください」
斜陽。沈んでいく太陽の、光が強まった。それは、乾いた砂場を飲み込み、低い鉄棒を飲み込み、錆び付いたジャングルジムまで飲み込んでいった。
「かくれんぼ、しよう。私は、ここにいるよ」
淋しげに残った空が、一瞬だけ色を取り戻す。光に射られて目を閉じる瞬間。最後に見たのは、どこまでも淡くどこまでも薄い青だった。