かくれんぼ
月下の海
くすくすと、微かな笑い声が聞こえた。それを邪魔する、波の音も。
目を開けると、巨大な月が浮いていた。藍色の夜空。辺りをはっきりと照らし出す、確かな月光。
砂浜だった。ゆっくりと起き上がると、細かい砂粒がさらさらと音を立てて落ちる。白い砂。
笑い声を立てた人物は、すぐ隣にいた。砂にまみれた俺を笑っている、一人の少女。
「あかり?」
それは、先ほどの洞で会った少女によく似ていた。ただ、歳が違う。まだあどけなさを残した顔は、十を数えるあたり。
白いワンピースが月光に照らされて、薄い青に染まる。
「俺を呼んだのは、君?」
けれど、目の前の少女は首を振った。
「私じゃないけど、私のような」
あかりは波間に足を浸し、くるくると月下に踊る。
「私のようで、私じゃないの」
水しぶきが月明かりに照らされ、一瞬限りの輝きを放つ。
「お兄さんは、何をしてるの?」
幼い声音。大人びた口調。
「かくれんぼの途中なんだ。見つけてあげなきゃいけなくて」
「どうして?」
波打ち際で立ちすくみ、あかりは小首を傾げた。
「どうして探すの?どうして見つけるの?」
夜風が渡る。空気が揺れる。
「探して欲しくはないかもしれないのに、どうして?」
あかりの声が、風に乗る。
「見つけなきゃいけないんだよ。ここは、人の居ていい場所じゃないから」
「お兄さんも、ここにいるのに?」
「俺はいいんだよ。俺は、君とは違うから」
「そんなの、ずるい」
目の前の少女は、頬を膨らませて地団駄を踏む。水しぶき。舞い上がる。輝いて、落ちて、波間に消えて。
「……どうしても、だめなの?」
少女が顔を上げる。
「どうしても、だめなんだ」
彼女の目元。浮かび始めた涙が、光を弾く。
「あの頃の私は、いつだって素直でした」
あかりの口が動いた。
「素直に怒って、素直に泣いて、素直に生きて」
澄んだ声。風に揺れる風鈴のような。
「どうして、変わってしまうんでしょう」
低い唸りを上げて、風が吹いた。突風。
「どうして、素直でいられないんでしょう」
足が浮く。強い力に、体を持ち上げられる。
「かくれんぼ、しよう。私を見つけて」
暗闇の中に放り出される。月明かりさえ、届かない。最後に見たのは、光を拒む海の底の紺だった。