かくれんぼ
虚空の庭
眩しさが無くなって、目を開く。辺りは虚空だった。何一つ存在しない空間。ただ、白かった。足元も、空も。見渡す限り。
「もう、いいよ」
声が響いた。大人びた声。澄んだ声。振り返ると、人影。
疲れたような表情と、痩せた手足。身に纏ったワンピースは、くたびれたような色合いの白。二十歳前後の少女だった。
「君が、呼んでいたんだね」
迷いの森で。幽玄の洞で。月下の海で。名残の空で。そして、ここで。
「君は、どうしてここに来たの?」
答えは、返ってこなかった。黒い目を、ただ細めて見せただけ。
空虚な目。空虚な表情。空虚な。
そこには幼い笑顔も、子供の素直さも、少女の憂鬱も無かった。何も無かった。
「人はどうして、無くすのでしょう」
微かな声が、辺りに響いた。
ふわり、と。
何かが、頬を掠めた。顔を向けたときの風圧で、それはわずかに舞い上がり、再びゆっくりと落ちていく。掴み取ったものは、羽根だった。虚空の空間より真っ白な、羽根。
「飛べるはずだったんです」
微かな声は、宙を漂う。ただ、淡々と。
「笑えるはずだったんです。素直でいられたんです。憂えることも無かったんです。一緒にいられたなら」
でも、無くしてしまったのです。 ふわり、ふわり。雪のように。真っ白な羽根が積もっていく。ただ。ただ。静かに。
温かな、羽根だった。
「君は、疲れていたんだね」
全てを無くした悲しみに。全てを無くした絶望に。疲れてしまったその足で。迷いの森に入ってしまった。
「でも、君の声は届いていたよ」
探してほしいと。見つけてほしいと。
「だから、君は帰るべきだ」
ここは、人の居ていい場所じゃないから。
ふわり。
温かな羽根が、あかりの周りに舞い落ちる。寄り添うように。守りのように。
ふわり。
舞い落ちた羽根が、一斉に浮き上がる。それは、悲しみに暮れた少女を連れて、虚空の果てへと舞い上がる。
「俺は、行けないんだ」
戸惑いがちな表情が向けられたけれど、首を振るしかなかった。
「代わりに、一つだけ」
虚空が、薄れ出す。埋め尽くすような白が徐々に濁って、深緑が戻ってこようとしている。
「無くしたものも、いつかどこかで取り戻せるかもしれないよ」
希望を持つといい。奇跡という言葉は、確かにあるのだから。
吹雪のように飛び違う白の中で、あかりが頷くのが見えた。錫の風鈴のような、澄んだ声が届く。
ありがとう、と。
「貴方は、彼に似てました」
なくした人に、似てました。 虚空。静寂。混じり始めた深い緑。眠気がゆっくりと忍び寄るのを感じた。 最後に見たのは、輝くような無垢な白だった。