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九十九

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 あれは、夏のことだった。幼い頃の、夏。母がいた、最後の夏。
 猫を見つけたのは、庭で一人で遊んでいたときだった。庭木の茂みの中で、苦しそうにしていた。緑色の目が、ひどく怯えていた。
 苛められたんだね。尾が、二本あるから。猫又だって、九十九の神様なのに。
 つっかけを履いた母は、猫の周りの空気を静かに払う仕草をした。何度も、何度も。ゆっくりと。苦しそうだった猫の呼吸が、不思議と穏やかになっていく。
 何をしてるの?
 そう聞くと母は静かに笑って、闇を払うの、と答えた。
 ふうも、やってごらん。
 母の言葉は優しくて暖かかった。
 その言葉が、優しさが、誇らしくて。地べたに座り込んで、母と二人で猫に寄る闇を払った。夏の日差しの中で、白い毛並みがわずかに金色に輝いた。怯えた目の猫は一声だけ鳴くと、あっという間に茂みの奥へと走り去ってしまった。
 行っちゃったね。
 残念がる私の肩に手を置いて、母は大丈夫、と言った。
 きっとまた来てくれるから、と。
作品名:九十九 作家名:依織