ココロを持った人形
病室に入った瞬間、お母さんが買ってくれた缶ジュースをわたしは落としてしまった。
カズくんがベッドから降りて立っている。その足元にはお母さんのバッグに入っていたものが散らばっている。お母さんが買ってあげた本がビリビリに破かれて捨てられている。
そして……わたしが拾ったのはお母さんが「宝物」と言ってくれた人形の首だった。
手も足もバラバラにされてしまった人形。
わたしは機械仕掛けみたいな動きでそれを拾い集める。ここで泣いたりしてはいけない。叫んだりしてはいけない。だって、そんなことをしたらお母さんが悲しむ。カズくんが悲しむ。みんなが悲しくなるだけなんだ。
人形の胴体から白い紙の端が出ていることに気づく。わたしがそれを必死に中へ入れていると、お母さんが後ろから抱き締めてくれた。その温かさで手の震えが止まる。
「優香……ごめんね」
「大丈夫だよ……お母さん……わたしは大丈夫……カズくんは悪くないんだよ……わたしが悪いの……だから、カズくんを叱らないで……」
お母さんに包まれながらわたしは病室を出ていく。カズくんが小さな声で「ママ」と言ったけどお母さんには聞こえなかったようだった。
談話室の椅子に座っても、お母さんはずっとわたしを抱き締めていてくれた。
(今なら泣いてもいいのかも知れない)と思ったけど、わたしは泣けなかった。泣かなかったんじゃなくて、泣けなかった。たぶん、今までもきっとそうだったんだ。
でも、これはわたしが望んでいたこと。
だから、わたしはニコリと微笑んでお母さんに言った。
「もう戻ろうよ、お母さん。カズくんが寂しがってる」
病室の中はまだ散らかっていたけど、カズくんは布団を頭まで被ってベッドで寝ていた。
お母さんと一緒に片づけをした後、わたしはコートを着る。
「カズくん、お姉ちゃん帰るね」
「……」
エレベーターの前まで見送りに来てくれたお母さんの目は赤くなっていた。でも、わたしは気づかないフリをして笑顔で小さく手を振った。