小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

偽装結婚~代理花嫁の恋Ⅴ【本物のウェディングベル】

INDEX|6ページ/8ページ|

次のページ前のページ
 

「加えて最初は偽装結婚を一つの契約と考えていたしね。俺自身の個人的な情報については一切相手に明かさない方がお互いに契約終了後に後腐れがなくて良いと考えた」
 それは嫌で堪らない仕事を強いられて、仕方なく片付けようとしているような口調だった。
「なるほどね。流石に伝説のプリンスが考えそうなことだわ。どんな些細な事にも感情を動かされない冷徹非情な氷のプリンス。もしくは、夜毎、美しき花たちの間を漂う気まぐれな蝶のように大勢の愛人たちを侍らせている女好きの御曹司」
 由梨亜がわざと明るすぎる声で言う。
 三鷹が眉をつりあげた。
「それは、もしかして俺のこと?」
 由梨亜が微笑んだ。
「あなたが思い出せないようだから、私が代わりに言ってあげただけ」
 瀕死の企業を奇跡的に復興させる凄腕のビジネスマン、奇蹟のプリンスには常に華やかな噂がついて回った。
 もちろん、単に有能な辣腕ビジネスマンというだけではなく、取引を次々と纏め会社を建て直す手腕を発揮させる裏では、かなり強引なやり方を押し通すとも、法律に触れるギリギリのきわどいところまで―つまり一歩間違えば犯罪になりかねないような方法を取ることもあるとか。
 プライベートに関しては、より派手な噂が常に飛び交っていた。世界中の美女を集め、大邸宅にハーレムを作っており、夜毎、王さまのようにその複数の女たちと濃密な夜を過ごしている。もしくは、これまで関係してきた美女の数は数十人に上り、仕事で出かける海外の至る所に愛人を囲っている。
―プリンスは色事に愛や気持ちを求めない。女は彼にとって単なる欲望の捌け口でしかないのだ。
 それが世間でのミラクル・プリンスに対する共通した認識であった。二十六歳の若さで生きながら伝説と化した彼については、実のところ、様々な憶測だけが取り沙汰され、真の姿について知る者は少なかった。
「君は何か誤解しているようだ」
「何を誤解しているというの?」
 三鷹は何かに耐えるような眼で言った。
「俺は世間でいわれているような多情な男でも、冷血なだけの仕事人間でもない」
「でも、噂の一部は真実なのよね?」
 三鷹は苦しげに眉根を寄せ、首を振った。
「仕事に関しては、時には非情にならざるを得ないこともある。俺の肩には何千、何万という社員、更にその家族の生活までかかっているんだ。余計な私情を挟んで万が一判断を誤れば、俺一人だけでなく、すべての人々を巻き込むことになってしまうんだよ」
 由梨亜は心もち首を傾げた。
「じゃあ、女性に関しての華やかな噂については? まあ、大邸宅に世界各国の美女を集めて一大ハーレムを作っているというのだけはデマのようだけど」
 現実には、三鷹は高級マンションとはいえ、四LDKに住んでいる。それに、少なくとも、このマンションに他の女の影は一切なかったただ一人、由梨亜を除いては。
 三鷹の顔が曇った。
「どうして、そんな酷いことが言えるんだ。確かにこれまで何人かの女性と付き合ってきたよ。それは認める。でも、複数の女性を天秤にかけたこともないし、一人の女性と付き合っているときは真剣に交際していたつもりだ」
 確かに以前にも一度、似たような科白を聞いたことがある。何人かの女性と真剣に付き合ってみたけれど、結婚をするまでには至らなかったと。更に、彼はこうも言ったのだ。
 結婚したいと思ったのは由梨亜ただ一人だ―と。
 だが、あれも所詮は大嘘だった。天下のミラクル・プリンスが由梨亜のように平凡で何の取り柄もない女を本気で相手にするはずが―ましてや結婚しようとなど思うはずがないのだ。
 由梨亜は厄介な感傷や想い出を振り払い、即座に切り捨てた。
「あなたの女性関係や遍歴なんて、私にはどうでも良いの」
 本当はどうでも良いどころか、気になって仕方がない。たとえハーレムを作っていなかったとしても、真剣に交際していたのだとしても、三鷹が自分以外の女性に優しく微笑みかけたり、或いは昨夜のようにベッドで情熱的に求めているのを想像しただけで、気がおかしくなりそうだ。
 自分の心はまだ三鷹を求めている。
 だが、騙された挙げ句に利用されていると判った今、彼の前でそれを認めるのは自分があまりに惨めだった。
「へえ、その言葉を全部信じて良いのかしら。昨夜、帰ってきた時、あなたは物凄く酔っていたし、背広のポケットには十数枚の名刺があったわ。ご丁寧に全部、バーやクラブのホステスばかりのね!」
「あれは違う。昨夜、バーやクラブに行ったのは確かだが、接待で行っただけだ。くれる名刺をその場で突き返すのは相手にとって凄く失礼なんだ」
 由梨亜が皮肉げに言った。
「生憎と私は夜の世界の社交礼儀なんて知らないし、知りたくもないの。それに、別にいちいち言い訳する必要はないでしょう。私はあなたの本物の奥さんじゃないんだから」
「君はまだ、そんなことを言ってるのか?」
「こちらこそ、その科白の意味を訊きたいわ。私があなたの奥さんではないことは、あなただって十分承知のはずでしょう」
「君は俺と結婚するんだ! 君だって、そのつもりだったんだろう? だから、昨夜、君は俺に抱かれたんじゃないのか? 俺たちは気持ちだけでなく身体の相性も良さそうだし、俺は良い夫になれる自信はある。何不自由ない暮らしも保証してやれるし、夜だって退屈させない」
 三鷹が何ものかに憑かれたようにまくしたてる。
「君だって、俺と結婚する気になったから、素直に身を任せた。昨夜は信じられないほど良かったよ。あんなに我を忘れて夢中になれたのは初めてだ。俺の腕の中で瞳を潤ませて乱れる君が尚更愛おしくて堪らなくなった」
「止めて。よくもそんな私的なことを平気で口にできるのね」
 自分を騙した卑劣な男に抱かれて、何度も絶頂を味わい、淫らな声を上げた。考えただけで、恥ずかしさと怒りに震えそうになる。
 由梨亜は首を振った。
「私が贅沢な暮らしを望んでいると本気で考えているの? 三鷹さん、あなたも言っていたはずよ。愛のない結婚ほど不幸なものはない。私だって、これでも結婚に女らしい夢を見ているの。それに現実として考えても、自分を愛してくれていない相手と結婚はできない」
「だから! 俺は何度も言っているはずだ。君をどうしようもないほど愛しているんだ。結婚するのなら、もう君以外には考えられない」
 眼の前に立っている男を、由梨亜はじいっと見つめた。昼間に束の間、見た彼の姿がまざまざと甦った。
 冷静で、どんなときでも感情に流されない。そう噂される男は力強く孤独で、自信に溢れて見えた。大勢の部下を従えた三鷹は副社長の威厳を漂わせ、圧倒的な存在感を発していた。ひたすら前だけを見つめるその厳しいまなざしには、ひとかけらの感情も浮かんではいなかった。
 だが、今、眼の前にいる男はどうだろう。感情豊かに表すその瞳は人間らしい温かみと光を宿している。ここにいるのは、伝説のやり手青年実業家ではなく、どこにでもいる傷つきやすく脆い若者だ。
 この違いは何を意味しているのか。いつも彼が由梨亜に見せる顔と副社長としての顔は、あまりにも違いすぎる。