小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

偽装結婚~代理花嫁の恋Ⅴ【本物のウェディングベル】

INDEX|2ページ/8ページ|

次のページ前のページ
 

 訝しく思い鼻を近づけてみると、毒々しい香水の匂いが嫌になるほど滲み込んでいる。
「やだ、なに、この匂い」
 吐き気を催しそうになりながらも、ソファに畳んだ上着を置いた。だが、悪臭から逃れたくて急いだために、手がすべって背広が床に落ちてしまう。
 その拍子にポケットから小さな紙片がぱらぱらと転がり落ちてきた。
「手間ばかりかかるわね」
 由梨亜は呟き、落ちてきた紙片を拾った。
 何気なく手のひらの紙片を眺め、ハッとした。〝キャバレー蝶と花 ホステス 歌織〟、〝キャバレー蝶と花 ホステス 優花〟、〝会員制ナイトクラブ グレース 鹿子〟云々、十数枚の紙片は皆、飲食店に勤務する水商売の女たちの名刺であった。
「なに、これ」
 由梨亜は汚物でも触れるように、それらの名刺を床にたたきつけた。
 自分は一人で心配しながら三鷹の帰りを待っていたのに、当の本人は呑気に飲み屋で美人のホステスたちに囲まれて鼻の下を伸ばしていたとは!
 これでは、まるで自分がピエロではないか。
「こんな時間まで、どこにいたの?」
 つい声が尖ってしまうのは、この場合、致し方なかった。
 三鷹がまた眼を開けた。
「ふうん? 俺がどこに誰といたか、気になる?」
「誰と一緒だったかなんて訊いてないわ」
「でも、気になるんだろう?」
「知りません」
 プイと顔を背けると、三鷹が嘲るような笑みを浮かべた。
「いつもそうやって逃げてばかりだな、君は」
「それは、どういう意味? 私は逃げたつもりはないけど」
「そんなに怒るくらいなら、先に寝てれば良かったのに」
 こうなると、売り言葉に買い言葉である。
「よく言えるわね。私はまだ夕ご飯も食べていないのよ。あなたが帰ってこないし、何かあったんじゃないかと心配で、ご飯を食べる気にもならなかった。遅くなるなら遅くなるで、電話くらいしてくれても良いじゃない」
「へえ、まるで女房のようなことを言うんだな。本当の夫婦でもないのに、こんなときだけ女房面するな」
「―」
 その科白に、息が止まるかと思った。まるで頭を殴られたような衝撃だった。
「私なりに一生懸命やってるわ」
 それが、由梨亜の応えられる精一杯の言葉であった。
「そうなのか? 俺には全然、そんな風にしは見えないけどな」
「何が言いたいの?」
 三鷹がゆるりと身を起こした。
 淡い闇の中、二つの視線が絡み合う。男の瞳の奥底で烈しい情欲の焔が燃えていた。
「じゃあ、女房だっていうのなら、俺の言うことをきけよ。それとも、やっぱり、怖じ気づいて逃げ出すのか?」
「先刻も言ったはずよ。逃げたりなんかしないわ」
「じゃあ、俺の言うことを何でもきけるのか?」
 由梨亜はかすかに頷いた。
 張り詰めた沈黙の中、由梨亜はまともに彼の眼を見ていられなかった。思わず視線を逸らそうとするのに、三鷹は乾いた声音で告げた。
「俺のものになれ」
「馬鹿なことを言わないで」
「馬鹿げている? 今し方、君自身が俺の言うことをきくと意思表示したばかりじゃないか」
「内容によりけりよ」
 ふと三鷹の表情が翳った。今し方までのどこか皮肉げな表情は消え、まるで傷ついた迷子のような眼をしている。
「由梨亜ちゃんは俺が嫌い?」
「―判らない」
「それでは応えになっていないよ」
「もう止めましょ、こんな話。あなたは今、酔っているわ。まともに話のできる状態じゃない」
「俺は確かに酔ってるけど、冷静に物事を考えるくらいのゆとりはあるさ。由梨亜ちゃん、頼むから本心を教えてくれ。君は本当に俺のことを何とも思ってはいないのか?」
 由梨亜がうつむいていると、三鷹の声が意外なほどの至近距離で聞こえた。いつのまにか彼は由梨亜の傍らに来ていたようである。
「私、疲れているから」
 立ち上がりかけた由梨亜の手を三鷹が掴み、強く引いた。勢いで呆気なく三鷹の腕の中に倒れ込んだ由梨亜を彼はそのまま押し倒した。
「君のバースデーを二人で祝った日、俺は君に言った。もし、俺を嫌いでないのなら、あのまま俺の側にいてくれと。君はあの時、ちゃんと自分で選択したはずだ。君が今、俺の側にいるのは俺が強要したわけじゃく君自身て選んだんだぞ」
「あれは―偽装結婚の契約が完了するまでの話でしょう」
 苦し紛れの言い訳を述べてみても、三鷹には通じない。
「俺は今、そんな話をしてるんじゃない。俺が言いたいのは、あの時、君がここにいることを選んだのは、俺を多少なりとも好きだという証なんだろうってことだ」
 三鷹は由梨亜の頭の両脇に手をついて、彼女を逞しい腕の中に閉じ込めていた。
「頼む、本心を聞かせてくれ。君がもし本当に俺を嫌いだというのなら、俺はあのときと同じく潔く引く。だが、もし君が俺を好きなら、俺を受け容れて欲しいんだ」
 とうとう、この瞬間が来てしまった―。
 由梨亜はともすれば込み上げそうになる涙を堪えた。
「好きよ」
「え?」
 自分で応えを迫っておきながら、三鷹は信じられないと言いたげに訊き返した。
「―私も好きよ、あなたのこと」
「じゃあ―」
 三鷹の孤独を宿した双眸が俄に光を取り戻した。
「あなたと同じ。どうしようもないくらい、あなたが好き」
「由梨亜」
 初めて彼に呼び捨てにされ、由梨亜の身体に弱い電流が走った。
 三鷹は由梨亜を抱き上げると、そのまま自分の寝室へと運んでいく。
 壊れ物を扱うようにダブルベッドに降ろされた。由梨亜が彼の寝室に入るのはこれが初めてだ。彼の部屋に入る初めての日が、彼に抱かれる最初の夜になるとは考えだにしなかった。
 三鷹の顔が近づいてくる。口づけの雨を降らしながら、三鷹の指は巧みに動いた。由梨亜の着ていた丈長のシャツブラウスのボタンを器用に外していった。
 清楚な白のレースのブラが持ち上げられ、由梨亜の大きな胸が現れた。三鷹は魅入れられたようにその魅惑的な光景を見つめる。
「何て綺麗なんだ」
 豊満なふくらみの先端は淡い桜色の蕾がひそやかに息づいている。羞恥とかすかな興奮のために白い肌が染まり、息づかいが荒くなって豊かな胸は彼を誘うように大きく上下していた。
 三鷹の口がその可憐な突起をすっぽりと含んだ瞬間、由梨亜の口から、あえかな声が洩れる。
「ずっと夢に見ていたんだ。君をこうして腕に抱くのを」
 熱く濡れた声が由梨亜の耳に注ぎ込まれる。
「由梨亜、大好きだよ。愛している」
 男の長い指が由梨亜の胸の先端に輪を描く。揉んだりキュッと押される度に、由梨亜の身体に例の感覚―妖しい震えが走ってゆく。喩えるなら身体の中で幾千もの蝶がはばたくようなその感覚は、三鷹の愛撫が激しさを増してゆくにつれ、強まっていった。
 三鷹が熱い唇で由梨亜の身体のあちこちを辿り火を点してゆく度に、蝶は一匹、また一匹と増え、騒がしく彼女の中で飛び回る。
 やがて、三鷹が身体中に点した小さな火は一つの大きな焔となり燃え上がり、由梨亜を身体ごと飲み込んで灼き尽くすのだ。そして、由梨亜の胎内で騒がしく羽ばたいていた無数の蝶たちもその焔に灼かれ、敢えなく力尽きて地に堕ちる。