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偽装結婚~代理花嫁の恋~Ⅲ

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 その夜の主菜は鶏肉のバジルとオレンジソースあえ、ミートと緑黄色野菜のパイ、冷製のパンプキンスープ。デザートはパンナコッタだ。
 午後からは忙しく動き回り、機能的でモダンなキッチンには食欲をそそる匂いが満ちた。
 午後七時、三鷹がいつものように帰ってきた。相も変わらずラフなTシャツとジーンズだ。Tシャツは鮮やかなターコイズブルーで、〝ユー・アー・マイン〟と意味深なロゴが入り、下にはグラマーな金髪女性のビキニ写真がプリントされている。
 そういえば、彼はジュリアのファンだと言っていた。多分、華奢な日本人女性よりは豊満で肉感的な外人女性の方が好みなのかもしれない。
 まあ、間違っても自分が彼の好みでないことは確かだと自信をもっていえそうだ。
「ただいま」
「お帰りなさい」
 やりとりだけ見れば、本当に新婚家庭かと勘違いしてしまいそうな光景である。
 三鷹はキッチンへ直行し、低い口笛を鳴らした。
「こいつは凄いや。由梨亜ちゃんはどうやら俺をデブにするつもりだな? こんな毎日、ご馳走ばっかり食べてたら、冗談でなく相撲取りになるよ」
 いつもながらの冗談めかした物言いに、由梨亜は思わず顔をほろこばせた。
「今日は特別に腕に寄りをかけたのよ。さあ、手を洗ったら、座って。帰ってきたらすぐに食べられるようにと思って、たった今、温め直したところなの」
 三鷹の帰る時間は決まっている。
 三鷹も頬をゆるめた。
「気の利く奥さんだな、君は」
 由梨亜がスプーンやフォークを並べる間に、三鷹は冷蔵庫を開け、よく冷えたワインを出してくる。グラスを二つ並べ、優雅な手つきでそれぞれに注いだ。
「今夜くらいは良いだろ。少しは飲めよ」
 由梨亜は眼を見開いて三鷹を見つめた。
「何で? 何か特別なことでもあるの?」
 三鷹が苦笑してグラスを由梨亜に差し出した。
「自分の誕生日くらい、ちゃんと憶えておかない駄目だぞ」
 刹那、由梨亜はまじまじと三鷹を見つめた。
「何で私の誕生日を知っているの?」
 三鷹はつと視線を逸らした。
「それよりも、見せたいものがあるんだ」
 彼は〝出勤〟するときにいつも背負っているデイパックを持ってくると、中を覗き込んでいる。
「あった、あった。確かに入れたはずなのに、見当たらないんで焦った」
 三鷹は奥から何やら引っ張り出した。
「はい、これ」
 無造作に差し出されたのは、ビロード張りの深紅の小箱とピンクの包装紙にくるまれた箱だった。包んである方はビロード張りの小箱よりは少し大きめだ。
「なあに?」
 小首を傾げて三鷹を見上げると、三鷹が少し眼を細めて眩しげな視線をくれた。
「開けてみて」
 促されるままに、まずはビロード張りの小箱を開ける。中から現れたのは滴型のネックレスだった。小さな滴型の枠にはめ込まれているのはルビーだろうか。シンプルだけれど上品で可愛らしい。三鷹の趣味の良さが窺える。
「素敵だわ」
 由梨亜が嬉しげに微笑むのに、三鷹は負けないくらいに相好を崩した。
「そう? あんまり女性の好みそうなものなんて判らなかったから、自信なかったんだ。これまで女の人に贈り物をするときは、大抵、人任せにしてたから」
「人任せ?」
「うん、まあ、そのう、知り合いに頼んで買ってきて貰って、それをそのまま渡してたんだよ。相手には少し気の毒だけどね」
 三鷹は頭をかいた。
「生まれて初めて自分で選んだわけだし、本当に気に入って貰えるのかな、なんて思ったりもしたんだ」
 三鷹が生まれて初めて自分で選んでくれたプレゼント。その事実は由梨亜の心を烈しく揺さぶった。
「ありがとう。私、何て言ったら良いか」
 由梨亜は涙が込み上げてきて、言葉をつまらせた。
「あ、そっちも開けてみてよね」
 由梨亜はラッピングされた包みを解く。白い箱が現れ、更にそれを開くと、小さなオルゴールが出てきた。由梨亜の手のひらに乗るサイズで、白蝶貝でできている。蓋には繊細なリーフの模様が黄金で彫り込まれていた。
 蓋を開けた途端、馴染みのある曲が流れ始めた。
「これ―、ラブリー・デイね?」
 由梨亜が瞳を輝かせ、三鷹を見た。
 三鷹が悪戯っぽく笑う。
「ご名答。由梨亜ちゃんを歓ばせるには、これがいちばんだと思って選んだんだよ? こっちは歓んで貰えるだろうと少しは自信があった。ニューヨークにいた頃の知り合いに機械いじりの上手なヤツがいてさ、その友達に頼んで作って貰ったんだから、世界で一つ、由梨亜ちゃんだけのオルゴールってところかな」
「世界で一つの私だけのオルゴール」
 由梨亜の眼からポツリと大粒の涙が零れ落ちた。
「えっ、どうした? 俺、何かまずいことをしでかしたっけ」
 三鷹は滑稽なほど狼狽えている。
「プレゼントが気に入らなかった?」
 由梨亜はかぶりを振った。
「違うの。嬉しい。とっても、嬉しい。私のためにわざわざ色々と考えて選んでくれて」
 由梨亜の眼からはとめどなく涙が溢れては落ちる。
「おいおい、頼むから、泣かないでくれよ。これじゃ、俺が君を苛めてるみたいじゃないか」
 三鷹は弱り切ったように言い、躊躇いがちに由梨亜に手を伸ばし引き寄せた。
「なっ? 泣き止んでくれよ」
 大きな手で髪を優しく撫でられている中に、由梨亜も次第に泣き止んだ。
「ごめんなさい。折角、プレゼントまで用意してくれたのに、泣いたりして。困らせちゃったわよね」
 まだ涙の溜まった瞳で見上げると、三鷹は慌てて顔を背けた。
「参ったな。由梨亜ちゃんの泣き顔って、そそられるんだよね。可愛すぎてさ、思わずキスしたくなってしまうんだ」
 三鷹は彼らしくもなく頬を少し上気させている。
「さあ、誕生日の続きをやろう。やっぱり、これがなきゃあ、誕生日とはいえないもんな」
 三鷹は玄関まで走っていって、今度は大きな箱を抱えて戻ってきた。
「ジャジャーン、Nホテルの一流パテシィエが作った、これも由梨亜ちゃんのためのオリジナル・バースデーケーキ!」
 紅いリボンを解き、蓋を開けて大きなケーキを取り出す。
「こんなに大きなケーキ、二人だけで食べきれるかしら」
 丸いケーキは普通に店で売っているものの数倍はある。ホイップクリームが波のように繊細に周囲を縁取り、表面には隙間なくイチゴがびっしりと敷き詰められていた。大きなホワイトチョコレートのプレートに〝Happy Birthday Dear YURIA〟と記されている。
 三鷹は器用に二十八本のローソクを並べた。
「ハッピーバースデー、由梨亜ちゃん」
 由梨亜は瞳を潤ませた。
「私、今日が誕生日なんてこと、すっかり忘れてたのに」
 三鷹と暮らし始めて、二週間余りが経っている。異性と一つ屋根の下に暮らすという未知の体験と更には母が倒れたことへの衝撃とで、由梨亜は心身ともに消耗していた。
 そんな中で誕生日のことなど忘れていたのだ。改めて考えてみれば、暦は既に七月に入っていた。
「これで由梨亜ちゃんは俺より二つ年上になったわけだ」
 そこで由梨亜は眼を瞠った。
「じゃあ、三鷹さんは二十六歳なの?」
「うん」
 三鷹はにこにこしながら頷いた。
「嫌だわ。私はてっきり同じ歳か、一つ二つ上くらい―三十歳くらいだと思っていたの」