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偽装結婚~代理花嫁の恋~Ⅱ

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「なるほどね。君の言い分はよく判るよ。確かにお母さんが退院すれば、そんな状態のお母さん一人を家に残しておくわけにはゆかない。うん、判った。まぁ、俺としては由梨亜ちゃんともっと一緒にいられると内心は歓んでいたんだけど、二、三ヶ月でも良いだろう。それで、手を打つよ」
 由梨亜は眼を見開いた。
「本当にそれで良いんですか? 私が契約を早く終わらせたいからって、嘘を言ってるとか思わないの?」
 三鷹は再び外人のように人差し指を眼の前で振ってみせた。
「俺、こう見えても人を見る眼だけはあるんだ。由梨亜ちゃんは他人に嘘をついてまで金儲けするようなタイプの子じゃない」
「私も」
 由梨亜が呟くのに、三鷹が〝え?〟と首を傾げた。
「私もあなたが嘘を言うような男ではないって思いました。見かけは女タラシで調子が良くて遊び人にしか見えないけど、根は結構、真面目な人かもって。だから、この約束に乗ったんです」
「ああ、またしても酷い言われ様だなぁ」
 三鷹は天を仰いだ。
「それじゃ、褒められてるのか、けなされるのか判らないじゃないか」
「一応、褒め言葉だと受け取って下さいね」
 真面目な顔で応える由梨亜に、三鷹はもう大笑いである。
 その後、彼は少し出かけてくると言ってマンションを出ていった。
―基本的に君にはここに―家にいて貰うことになるけど、昼間は好きなように過ごして良いよ。お袋さんのところにも行かなきゃいけないだろうし、それは一向に構わない。ただ、俺の親父に俺が結婚していると思わせとくためにも、夜にはここに帰ってきて欲しいんだ。親父には、入籍も済ませた女とマンションで暮らしてると話してあるしね。
 どうやら、三鷹が〝結婚している〟と思わせたいのは彼の父親らしかった。それ以上は語らないので、詳しいことは知りようもなかったが、恐らくは父親へのカムフラージュとして、この偽装結婚を思いついたといたところだろう。
 その話には由梨亜も異存はない。元々、〝結婚〟生活を続けることが契約条件だったのだ。幸いにも母は夜通し付き添いが必要なわけでもなく、万が一何かあれば、携帯の方に病院から連絡があるはずだ。
 このマンションは病院にも近く、徒歩で駆けつけても、ものの数分とかからない。
 結局、その日、三鷹が帰ってきたのは午後八時を回った頃だった。この結婚はあくまでも表向きだけだから、主婦のような仕事はしなくて良いのだと言われていたから、言葉どおり何もしなかった。
 帰ってきた三鷹に何と言えば良いか迷ったが、思いつかなくて〝お帰りなさい〟と言うと、三鷹は露骨に嬉しげに顔を輝かせた。
「ただいま」
「遅かったんですね」
 これではまるで本当の新婚妻のようだ。
「うん? 仕事が少し立て込んでてね。今日中に片付けなければいけない案件が幾つかあったものだから」
 由梨亜は吹き出した。
「別に仕事してるっていうか、真面目な会社員のふりなんて、しなくても良いのに」
 三鷹が傷ついたような顔で由梨亜を見る。
「酷いよ、君は。俺が幾ら真面目な会社員だって主張しても、まるで信じちゃくれないんだから」
「第一、そんなラフな格好で会社員のはずがありません」
 三鷹は由梨亜の指摘に、改めて自分の服装を見た。模擬披露宴の日に着ていたのとそっくりそのまま、パーカーつきのTシャツと履き古したジーンズだ。
「ま、言われてみれば、そうかもね」
 三鷹は笑いながら頷いた。
「ああ、腹減った。ピザでも宅配で取ろうか? 普通は仕事帰りはどこかで食べてくるんだけど、今日は奥さんが待ってるから、急いで帰ってきたんだよ」
 〝奥さん〟の部分はさらりと無視して、由梨亜は提案した。
「宅配のピザなんて、高いでしょ。勿体ないわ。そんなことしなくても、何か冷蔵庫にあれば、私が作りますけど」
 三鷹は感に堪えたように言う。
「うーん、実に良いな。可愛い奥さんの手作り料理。もちろん大歓迎だけど、昼間も言ったように、この結婚はあくまでも見せかけだけのものだから、何も君が主婦の仕事をする必要はない。君はここにいて、俺の妻の振りをするだけで良いんだ」
 そのひと言で結局、宅配のピザを取ることになり、三鷹が携帯で注文した。
 彼が使うのは最新型のスマートフォンである。流石に金持ちの息子は持ち物、考え方からして違うようだ。
 三十分ほどでインターフォンが鳴り、宅配のピザが届いた。三鷹が冷蔵庫を開け、トレーにワイングラスとワインを乗せてくる。
「さあ、座って」
 彼は甲斐甲斐しくピザを切り分け、小皿に乗せて由梨亜に渡した。
「ワインもどう? これ、フランス産なんだけど、結構いけるよ」
 どうせ一本が何十万もする馬鹿高い最高級ワインなのだろう。
 由梨亜は首を振る。
「アルコールは遠慮します」
「何で? もしかして飲めないとか?」
「いいえ、家では、たまに飲んでましたから」
 控えめに否定すると、三鷹はますます不審げな顔になった。
「もしかして、俺のことを警戒してる? 君がぐでんぐでんに酔っぱらったところを俺が突然、飢えた狼と化して襲うなんて思ってたりしない?」
 由梨亜は笑いながら首を振った。
「それも少しはありますけど、もちろん、それだけじゃありません。そんなことがあって欲しくはないんですが、いつ病院から電話がかかってくるか判らないでしょう。だから、素面でいた方が良いかなって」
「確かに、君の言うとおりだ。俺の方が思慮に欠けてたね」
 三鷹はあっさりと認め、手酌で自分のグラスにワインを注いだ。
「じゃあ、俺たちの結婚を祝して乾杯」
 三鷹の明るい声が響き、由梨亜はウーロン茶の入ったグラスを掲げた。カチリとグラスが触れ合う。
 偽装結婚の始まりに乾杯も何もあったものじゃないとは思ったが、それは口に出さなかった。どういうわけか、三鷹の表情がとても嬉しそうだったからだ。
 ピザを食べる間、三鷹は留学中の話をした。マンハッタンやハリウッドを訪れたときの話になると、まるで少年のように眼を輝かせている。
「俺、ジュリア・ロバーツのファンなんだ。ハリウッドに行ったときは、ジュリアのサインも貰ったんだぞ」
 頬を紅潮させて自慢する彼は、あけっぴろげだった。飄々としている外見の下に別の顔を持っているのではと思わせるようなときの彼とは別人のように屈託がなかった。普段の彼は見せかけの明るさの下に、時折、微妙な翳りを滲ませる。
 いつもこんな風だったら良いのに。
 三鷹には屈託ない笑顔がよく似合う。いつしか、由梨亜は三鷹の整いすぎるほど整った横顔に見惚れていた。
 ピザを食べ終えた後は、三鷹がキッチンで皿やグラスを洗った。由梨亜がするからと言っても、頑として聞き入れなかった。
 このマンションは四LDKの間取りで、ピザを食べたのがワイド液晶テレビやステレオの置かれているリビングであり、キッチンは途方もない広さで、小さいながらホームバーまで備えていた。
 全く独身男性一人が住まうには広すぎるし、贅沢すぎる造りだ。
 すべての部屋をざっと案内して貰った後、三鷹がふいに悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「俺の寝室も見る?」
 由梨亜は一瞬、きょとんとし、狼狽えて首を振った。
「まさか、結構よ」
「そう言うだろうと思ったよ」