エイユウの話 ~春~
「そ、そんなことくらい知ってるわよ!あたしが聞きたいのは、貴方の名前よ!」
「そこまで解りやすい嘘をつかれると、いっそ清々しいな」
全くほめていない言葉であることは解っているのだが、ラジィはわざと気付かないフリをしてみせる。そのフリは、長い付き合いのキースにはすぐばれるくらい下手だったが。フォローがてら、
「僕も教えてほしいな。教えて損することはないでしょう?」とキースが尋ねると、
「得することはありそうだけどな」と快活に笑って見せた。素直すぎるだけで、嫌味な性格では無いらしい。むしろさっぱりとした、好感の持てる性格だろう。
寝転がっていた彼は身を起こして、その場に立った。その左胸を親指で指す。
「俺の名前はキサカだ。キサカ・ヌアンサ」
そしてニッと笑った。逞しい面立ちの彼の態度は、ただの自己紹介だけでもなんだかとても勇ましい。先ほどのラジィが情けなかった分だけ、その格好良さが増した。悔しさからか、彼女は手を強く握りしめている。
自分の名前を教えた彼は、同様に二人にも紹介を頼む。ラジィは不貞腐れてしまい、そっぽを向いたまま自己紹介をしない。仕方なく、キースが先に自己紹介をした。
「僕の名前はキートワース・ケルティア。キースでいいよ」
そういってキースは右手を差し出した。了解を伝えてから、キサカは握手をする。その様子を横目で羨ましそうにラジィは見ていた。不意に彼が彼女に目を向ける。
作品名:エイユウの話 ~春~ 作家名:神田 諷