エイユウの話 ~春~
「なんでそれが不思議なの?」
尋ねると、キサカは自分たちの座席のほうをちらりと横目で見た。同じようにキースも目を向ける。二人はもう楽しそうに話し合っている。女子のコミュニケーション能力の高さが見えるところだ。視線を戻さずに、キサカは続ける。
「不思議だろ、絶対。あいつが迷惑に思うかもしれない事が視野に無いとは思えない。お前が誰かを不快にする事を好まない事も解る」
「考えすぎだよ、キサカ」
真剣な顔で疑問の原因を並べ立てるキサカに、キースは思わず笑ってしまった。そんなに深く考えてからしか行動できなかったら、きっと堅苦しくなってしまう。キサカが「自分が考えて行動している」というのなら、今回の行動だって考えているうちにはいるだろう。考えずに行動しているなら、どっこいどっこいだ。
「認めるとか認めないとかじゃないよ。単純に、ラジィが心配そうだったから」
「嘘だな」というキサカの否定に、
「そう思うなら、それでも構わないよ」とキースはかわす。
キサカの予測は外れではない。キースが彼女を誘ったのは、単純に彼女が寂しそうだったからだ。寂しい思いをしていたからこそ、わずかなその感情を察知する事が出来た。そこからキースは彼女に声をかけて、彼女が迷惑がる可能性がないと確信に近い予測が立っていたのである。
しかし、こんな抽象的な説明をしても、一人でいることを恐れず、他人の批評を害としないキサカには理解できないだろう。これは決して彼を非難しているわけではない。ただ、もともと彼の考えの中に無いのだから、一方的に受け入れるしかなく、理解しがたいだろうというだけだ。
作品名:エイユウの話 ~春~ 作家名:神田 諷