エイユウの話 ~春~
「こんにちは」
キースが声をかけると、彼女はびっくりしてフォークを落とした。わたわたと動く彼女に笑いかけてから、彼はフォークを拾い上げる。差し出しながら、彼女に意地悪をする。
「一人で食べてるの?」
「あ、はい・・・」
彼女はうつむいたまま答えた。昨日のキサカとの会話で、彼女に友達のいない理由を彼は理解している。しかし先述したとおり、今日は珍しくお付きの姿はなかった。一人ぼっちの彼女が先ほどから食べ続けている学食は、入り口付近に置かれた模型と大差ない形のままだ。
「少食なの?」と答えのわかった質問を敢えてする。もちろん彼女は否定した。相変わらず、顔を上げてくれない。
キースがちらりと自分たちの席を見ると、ラジィが小さくパンチしているのが見える。「もう少し誘いかけてみろ」と言いたいのだ。奥でキサカが呆れているのもわかった。彼は視線を彼女に戻す。彼女は深緑のスカートを見つめるばかりで、話しかけても小さな声で相槌を打つことしかしない。本当に聞いているのかどうかもすこし怪しかった。そのため、ここで下手な話をするより、率直に尋ねるべきだと覚悟を決める。
「昨日の話なんだけど」
大体予測が付いていたのだろう。ずっと動かし続けていた彼女の指が、ぴたりと止まった。顎を更に引いたので、あまり話したくない話題なのかもしれない。彼は慌てて話題をそらすことにした。彼は嫌いな人にすら不快感を与えるのが嫌なのだ。嫌いでないなら、なおのこと不快になる。
「昨日は夕方まで保健室にいて、君を待たせたお侘びをしたいんだけど、ちょっと今来れないかな?」
嫌味のない笑顔で、あながち嘘ではない話をする。卑怯だと、キース自身が落ち込んだ。とはいえそれは意外だったようで、彼女は目を丸くして思わず顔を上げた。初めて意識したが、綺麗な紫色の瞳だ。その後また忙しなく顔を動かしてから、彼女は承諾する。
再びラジィのほうを見ると、彼女は背もたれから身を乗り出していた。不安で堪らなかったのだ。キースは心の欠陥に見えないように、小さく成功を表す丸を指で作って彼女に伝える。ラジィは慌てて向きを変えた。彼女を平然として受け入れる状況を装うためだ。
キースは心の欠陥の定食を持ち、鞄を下げた彼女を二人のところまで案内する。彼女はとても小さく、背の高くないキースの肩ほどの身長しか無かった。
作品名:エイユウの話 ~春~ 作家名:神田 諷