エイユウの話 ~春~
一方、中庭にいたのは彼等だけではなかった。二人の騒ぐ広葉樹から少し離れたところにある低木林。その脇に顔を葉で隠したまま、そよ風を楽しんでいる少年がいた。柔らかく吹く風が、彼の淡い赤色の頭髪を揺らす。キースとは別の意味で、風景にマッチしていた。
不意に、少年が不機嫌そうな表情で目を開けた。輝かんばかりの黄色い瞳を、ゆっくりと広葉樹のほうへ向ける。あの二人の声が、彼の元まで聞こえてきたのだ。彼は歩伏前進で声のする方に移動する。歩伏前進なのは見つからないようにするためではなく、起き上がるのが面倒だからだ。広葉樹の近くを取り巻く低木の柵を掻き分けて、相手も見ないで彼は怒鳴った。
「うるせぇな!授業中に何騒いでんだよ!」
唐突な彼の登場に、二人は喧嘩している格好のまま固まってしまった。その姿を見た少年が何を思ったのか空を見る。それから視線を下に向けて頭を掻いた。そして二人に目を戻す。
「もしかして、お邪魔した?」
その台詞と自分たちの体制から、二人は顔を真っ赤にする。
あの時、ラジィはキースの上に倒れこんだままの格好で、なんだかんだ騒いたのである。しかも今の喧嘩の内容は、そのときキースがこぼした「重い」という言葉についてだった。そのせいで束縛だとか自由だとか、恋愛的な話をしている。しかも昼間から、二人くっついて、だ。それではどこからどう見ても、じゃれ合うバカップル同然である。彼の勘違いもうなずける。
つまり、少年は二人が恋人であると判断したのだ。
「してない!」「まったく!」
同時に騒ぎ立てた二人に対し、少年はきょとんとする。そして突然笑い出した。どうも二人の必死さが可笑しかったようだ。おかげでどちらのせいで笑われたのかという喧嘩が、そのままの体制で勃発する。どっちも「男女だから」ということは気にしていないのが、また彼のつぼにはまってしまった。静かな中庭に、三人の声が響き渡る。仮にも授業中だというのに。
二人の息も絶え絶えになったころ。失礼千万な彼に、キースの上から移動したラジィが偉そうに尋ねる。
作品名:エイユウの話 ~春~ 作家名:神田 諷